12
革袋の口を結わえていた紐が切れ、水が床に流れ出る。
「わたしはっ、尻尾を巻いたりなんかしないわっ!」
ニーナミーナはぐっ、と顔を上げると、片手を腰に当て、つかつかとアーカイエスの間近へ寄った。
「誰が逃げて帰るもんですかっ! あんたの皮肉くらいでっ! 私が荷造りしていたのは、明日にでもカスタに行けるようによっ!」
「ほお。先程とは言う事が百八十度違うが?」
「あんたが何を聞いたのか知らないけどっ、私はランダスに帰るなんて、一言も言ってないわよ?」
仰天しながら、嘘付け、とジェイスは内心で呟く。
アーカイエスは、精一杯虚勢を張ったニーナミーナに、ふんと鼻を鳴らした。
「……ま、好きにしろ。私は君が同行しようがしまいが、どちらでもいい」
「ええっ、好きにさせて頂きますっ!」
アーカイエスはもう一度馬鹿にしたように笑うと、廊下へ出て行った。
「アーカイエスさまっ」
彼を追って、ララが廊下へ飛び出す。
ニーナミーナは、彼等の姿が見えなくなると、ふうっ、と肩を落とした。
「ほんと、やな奴っ」
「ニーナミーナ」
シェイラが、心配して彼女の肩に手を置く。
「でも、私決めた。やっぱりカスタに行くわ。ここで逃げたら、ジェイスの言う通り、神殿に帰れない」
思い直してくれたことに、ジェイスは安堵して、にっ、と笑った。
「おう、その意気だっ」
ニーナミーナは彼を振り返り、同じように笑い返した。
「それにしても」
シェイラは軽く溜め息をつくと、アーカイエスとララが出て行った扉を見た。
「ララって、ほんとにアーカイエスべったりね……」
「そう言えば、あの二人ってどーいう関係なんだろう?」
詰めた荷物を解きながら、ニーナミーナも首を傾げる。
「恋人っても、どう考えても歳離れてるわよねえ? ララは絶対まだ十代でしょ」
「そうですねえ」
クレメントは頬に手を当てて言った。
「大体、アーカイエスは幾つなんでしょう?」
「見た所、三十四、五って感じですけど……?」
シェイラも首を捻る。
「親子、じゃないし」
「それはないわよー」
女剣士の言葉に、女性神官はひらひらと手を振る。
「どっちにしても、ララはアーカイエスが好きよ、絶対」
シェイラが断言する。
人の恋路の詮索など、井戸端会議に上りそうな話が苦手なジェイスは、がりがりと赤茶の頭を掻いた。
「ま、関係はどうでも、奴らがきっちり仕事してくれればそれでいいんじゃねえの?」
「それは、そうだけどね」
ジェイスの性格を熟知しているシェイラが、話を切り上げようと締め括った。
「まずは、一件落着ですかね」
クレメントは苦笑して、床に零れた水を魔法で集め革袋に戻した。
見ていたシェイラが、目を丸くする。
「あら、それ便利ね?」
「割と簡単な呪文です。古代語魔法ですので、シェイラさんにお教えしますよ」
是非、とシェイラが微笑む。と、見ていたニーナミーナが「はい」と手を挙げた。
「私にも教えてっ」
「残念ながら、古代語魔法が使えなければ無理です」
「えーっ、けち。じゃあ私も古代語魔法を覚えよっかな」
「おいおい、さっきまで帰るって泣いて息巻いてたくせに、随分変わるじゃねえ?」
「泣いてなんかいませんよおっ。それに、人間前向きじゃないとねっ」
「あっきれた」
人さし指を立ててウィンクしてみせたニーナミーナに、シェイラが盛大に顔を顰める。
漫才のような美人二人のやり取りに、ジェイスはガハハと腹から笑う。
クレメントも、声を上げて笑った。