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地下迷宮の女神  作者: 林来栖
第八章 魔法王国カスタの遺跡
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「ずっと考えてたんだけどよ、それ、おかしいんじゃねえか? 魔力って、あれば便利だし武器にもなるし。それをその、頑固に厄介ものだっていうのは」

 父親の志向だけでクレメントがこうも自分の天与の才を卑下するのは、納得が行かない。

「俺は、あんたには十分王の資質があると思うぜ? その強い魔力も含めて」

 と。

 クレメントが、一瞬泣き笑いのような表情を見せた。

 本人もそれに気が付いたらしく、慌てた様子で恥ずかしそうに下を向いた。

「ジェイスくらいですよ? そう言って下さるのは……」

 先程の毅然とした態度とは打って変わった、可憐な風情に、恋するジェイスの男心が、ぐいっ、と引っ張られる。

 このまま、クレメントを抱き締めてしまいたい。

 幸い、今はこの四人部屋に、ジェイスとクレメントの二人しかいない。

 今なら、クレメントに「好きだ」と告白し、唇を奪うのも容易い。

 しかし。

 待て待て待てっ!! と、ジェイスの、紳士として理性が思い切り叫ぶ。

 トール・アルフルの魅了の魔法は、トール・アルフル本人が相手に好意を抱けば、双方に恋心が芽生える——のは、聞いた。

 聞いたが、まだ、クレメントの本意をはっきり確認した訳じゃない。

 男とは言え、相手は大国の王太子。扱い方は、超一流の淑女と同じと心得ねばならない。

 ここで早まって食い付いて、逆に嫌われたら、折角築いて来たお互いの『信頼』も水泡に帰す。

 ここは、もうちょっとガマンだジェイス——

「は……、はは、まさか。ロンダヌスのお偉方の中にだって、きっとあんたのシンパがいるだろう?」

 オオカミの本音を押さえ込み、ジェイスは作り笑いを浮かべた。

 クレメントは、だが自嘲の笑みを浮かべたまま、ゆっくり首を振った。

「残念ながら。僕は前科がありますから」

「前科?」

「はい。まだほんの子供の頃でしたけど、ちょっとした事で癇癪をおこしまして。奥庭にいたのですが、側の四阿(あずまや)をひとつ、思い切り魔力で破壊してしまいました」

「あっ、四阿丸々?」

 王宮庭園の四阿といえば、大きなものなら市井の長屋の一部屋程はある。

 ロレーヌ城本殿から見えた離宮を思い出し、ジェイスはそれ以上かもしれないと推測する。

 そんなものを破壊したとなると、これは相当だ。

「本当にまだ子供で、自分の魔力がどれ程の強さがあるのか見当も付きませんでしたし、当然、制御も出来ませんでした。

 ばらばらになった建物を見た父上は、すぐに僕を地下牢へ隔離しようとしました。しかしそれは、当時の宰相マルセロの進言で無くなり、代わりにそれまで住んでいた宮殿の奥殿から北側の離宮へ移されました。

 ……そこは、ロレーヌ城でも本殿から一番遠い建物で、父上はもし僕がまた癇癪を起こして魔力を暴走させても、そこなら自分達には被害が及ばないと考えられたのです」

「それって、いくつの時だよ?」

「四歳の春でした」

「……たった一人で?」

「いえ。年老いた侍従一人と一緒に」

 ジェイスは思わず眉を顰めた。

 僅か四歳の子供を、確かに強大な魔力を持ち合わせ、その制御が出来ないのは危険かもしれないが、家族から引き離してしまうとはどういう事なのか。

 クレメントは淡々と話しているが、その当時の心境は不安や寂しさで一杯だっただろう。

 と同時に、小さな我が子を手放した母親も、さぞ辛かったのではないのか。

「母上は……、悲しまれただろう?」

「いいえ。あの方は、むしろほっとされていたようです。何しろ僕が生まれた時からずっと、僕の魔力に恐怖を抱いていらした方ですから」

「恐怖って……」

 ジェイスは呆れてしまった。

「母親だろう? どんな風に生まれたって子供は子供だろ?」

「先にも言いました通り、魔力の無い人間は魔法というものが得体の知れない、恐ろしいものと思う場合があります。母上は、七賢者のお一人ケイト・クリスグロフを排出した名門クリスグロフ家の姫で大層聡明な方でしたが、それでもご自分に理解出来ない魔法というものに関して、あまり寛容ではなかったのです。あまつさえ、僕の魔力は桁外れで、宮廷魔導師長さえ指導を嫌がったほどでしたから」

 王太子の話に、ジェイスは唸って黙り込む。

 そんなに、我が子の魔力が恐ろしかったのか。

 確かに、四阿を一瞬で破壊されれば頷けなくもないが。

「そんなに深刻な顔をなさらないで下さい」

 クレメントは薄く笑った。

「昔の話ですし。確かに子供の時は、母上に疎まれた悲しさで泣いてばかりいたこともありました。でも、本殿のお部屋の前へ行っても会って頂けない事が何年も続いた後、母上が呆気無く亡くなられた事で、母上への愛情は冷めてしまい泣く事もなくなりました。

 今は母上は冥界の方です。僕にとってはもはやただの思い出に過ぎません」

 それが本心でないのは、クレメントが自分と目を合わせずに話している事で分かる。

 何ともやり切れない気持ちで、ジェイスは渋い声を出した。

「そう言うけどなあ……」

 その時、ノックの音がしてシェイラが入って来た。

 慌てた様子の剣友に、ジェイスは異変を感じ取る。

「どうした?」

「どうもこうもないわよっ。ニーナミーナが——」

「なにっ?」

ジェイス、オオカミになれるのか?!(笑)

そして、ニーナミーナが?



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