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先に入って来たのは、若い女だった。黒い髪に黒い目、白いローブの胸元に赤いブローチを下げている。
縁に赤い二本の線があるローブの形は、スピルランドのファーレン神殿独特のもので、彼女がファーレンの巫女である証拠だった。
後から扉を潜ったのは男。灰緑色の綿の外套を羽織った背丈は、大柄なジェイスを軽く抜いている。
背の割りには痩せた体格で、銀髪に特異な浅黒い肌、深紅の瞳をしている。
事件が起きた時には顔は見えなかったが、この男は間違いなく、ジェイス達がウォーム神殿で出会った、あの魔法石盗人だった。
深紅の瞳は、静かだが、奥に狂気を抱いているようにも窺える。
これが、クレメントの言っていた、ノルン・アルフルか、と、ジェイスは内心で微かにおののいた。
クレメントは、こういう形で彼等が接触して来るであろう事も、どうやら考慮していたらしい。
盗人の目的は、ランダス王の大剣である。
現在ジェイスが預かっている大剣を強奪するのは、こちらの守備力から考えて、例え強大な魔力を有するノルン・アルフルと言えども至難の技だ。
無理をするより仲間としてカスタに入り、中で隙を見て奪取する方が容易いとの腹積りだろうと、ジェイスは推測した。
二人が揃ったところで、紹介所所長が口を開いた。
「あんた方が探していたパーティだ。剣士三人、魔導師一人、神官一人。間違いないかい?」
長身のノルン・アルフルは暫しクレメント達を見回すと、ゆっくりと頷いた。
「ああ。——では料金を支払おう」
ジェイスはクレメントを見た。若緑の髪を持つ王太子は、いつもの、感情の読めない頬笑みでノルン・アルフルを見ている。
所長に料金を支払ったノルン・アルフルは、改めてジェイス達へ向き直る。
「では、そちらが宜しければ私達はメンバーとしてカスタへ一緒に行きたいのだが?」
「ならば、先に自己紹介が必要でしょう。互いに名が判らなければ、遺跡の中ではぐれた時に困ります」
「それは、そうだ」
クレメントの惚けた言い方に、ノルン・アルフルも惚ける。
「私はアーカイエス。元スピルランドの宮廷魔導師だ。御覧の通り、ノルン・アルフルの血を濃く継いでいる。
そしてこちらはララ・シシーリス。ファーレンの巫女だ」
「宜しく、お願いします」
少女が控えめに頭を下げた。
クレメントは鷹揚に頷くと、自分から挨拶を始めた。
「僕はクレメント。魔導師です。出身はロンダヌスです。で、後のメンバーは——」
「あたしはニーナミーナ・ワッツ。ランダスのイリヤ神殿の神官よ」
クレメントが他のメンバーを紹介しようとする横から、ニーナミーナが割って入った。先走った彼女の腕を、パッドが引っ張る。
それを少し笑いながら、これは自己紹介だなと、ジェイスは続いた。
「俺はジェイス・キリアン。見た通りの傭兵だ。よろしくな」
「私はシェイラ・ラトランス。同じく傭兵よ」
「僕は……」
パッドはおずおずと口を開いた。
「僕は、パッド・ローエンです。元神殿警護の騎士です。宜しくお願いします」
一同の紹介を聞き終えたアーカイエスが、ふん、と鼻を鳴らす。
「まずは、打ち合わせがしたい。あなた方はどちらの宿に泊まっているのか?」
「巨竜亭です」
「では、我々がそちらへ移ろう。三十分後に巨竜亭の食堂で」
アーカイエスはそう言うと、踵を返した。
出て行く魔導師の背を追って、ララも扉を潜る。
巫女は、出際にクレメントを振り返ると、何故か済まなさそうな表情で会釈した。
「……んじゃ、俺達も親父さんに料金払って出るとするか」
ジェイスは懐から財布を取り出す。
「紹介料、いくらだ?」
所長に言われた紹介料を払い、ジェイス達は紹介所を出ようとドアへ向かった。
と、所長が唐突に、一行を呼び止めた。
「あんた達、あいつとは関わらん方がいいんじゃないのか?」