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「ですから、トール・アルフルが相手に恋をした時は、魅了の魔法は最大の魔力を発揮しまして、相手にも恋心を抱かせます」
「て、ことは、ええと?」
ジェイスは、言われた内容が俄に信じ難く、赤毛をぽりぽりと掻いた。
「クレメント、本気で、俺、に?」
「そう、申し上げたつもりですが?」
「ええええぇぇ——っ?」
叫んだのは、ジェイスではなくシェイラだった。
「ほんとうの本気で、このジェイスに惚れてたのっ? 私は、てっきり城を抜け出す口実ってだけかと思ってたわっ!」
「『このジェイス』って何だよっ。これでもおまえの雇い主で剣友だぞ」
くさすジェイスに、シェイラは「あらごめ〜ん」と、ふざけた謝りをする。
失笑しつつ、クレメントは上半身を折ってジェイスの顔を覗き込んで来た。
「ジェイス、僕との結婚を、真面目に考えて下さいませんか?」
「あ……、いやそれは、だな……」
嬉しいが、困り果てて、ジェイスは増々赤毛をがしがしと掻き回す。
「僕では、やはりご不満ですか?」
王太子は憂いを帯びた面持ちで、首をやや傾ける。
山繭の糸のような艶やかな若緑の細い髪が、まだ着替えていなかった生成りの旅装束の肩を撫でて前へと零れ、名工が刻んだような形良い銀の瞳は、僅かに寄せられた美眉の下、少し潤んでさえ見えた。
まさに、清楚と艶冶が見事に混在する色気。
すっ、と、寄り添うようにソファに腰掛けて来たクレメントに、ジェイスは大いに焦った。
男としての欲望が、ぞくり、と波打つ。
だが、なけなしの理性が、『シェイラも同席してるんだぞ』『それに、本気かどうか、これでもまだ怪しいし』と、細い釘を刺した。
「じ、じゃあなくって、どーして男が男に嫁げるんだってのが……」
「あれ、ご存じありませんでした?」
一瞬前までの儚げで悩ましげな風情は何処へやら。
クレメントは、いつものあっけらかんとした口調で答えた。
「ロンダヌスでは、別に男が嫁に行ってもいいんです。前にお話ししましたよね。現国王には妾妃はいないって」
「そりゃ、聞いたけど……」
「妾妃は、持っても構わないんです。けど大体その場合、正妃が男ですね」
「おっ、男が正妃?」
ジェイスは、目を剥いて腰を浮かせる。
「はい。跡継ぎの順番は年功序列で、母親の出自には関係ありません。とも申し上げたと思いますが、そういう慣習なので正妃に男を迎えても、妾妃に子供がいれば問題無いので。
王族の他に貴族でも、そういうことはあります。もちろん一般市民でも。けれどその場合、妾妻を抱えられる程の資力が要りますから、勢い商家でも裕福な家に限られますけど」
「実際、王の正妃が男だった例はあるの?」
他国では前代未聞の珍話に、シェイラも思わず身を乗り出す。
「結構あります。正妃が男の場合、王妃様とは呼ばず摂政殿下、と呼ぶ習わしです。実際、王の補佐をする正妃も多かったですから」
はあ、とジェイスは脱力してソファに沈む。
王族の血筋はトール・アルフルから、古代カスタという魔法王国を前身に持ち、魔力の無いものからすればとても奇妙な王宮を本城にしているというだけでも変わっているのに、その上男同士の結婚が認知されているなどと、そこまで風変わりとは思わなかった。
「それは分かったけどよ。……でも、逆は無いんだろう? 王様が嫁ってのは」
「それは……、さすがに無いですかね」
そりゃそうだろうな、と、ジェイスはがっかり八割、安堵二割の気分で息をついた。
王が嫁になれないなら、十中八九、現状でクレメントが自分と結婚する事はあり得ない。
それに、クレメントは妹を立太子にして降嫁すると言ったが、レオドール2世のあの勢いではそれはどうも難しそうである。
そこではたと、ジェイスは気付いた。
それでも結婚するとなると、その場合、便宜上ジェイスが『正妃』ということになるのではないのか。
「俺は正妃は嫌だぞっ」
咄嗟に心中を吐露した剣友に、シェイラは目を細める。
「って言うからには、ジェイスはマジでクレメントと結婚する気があるのね?」
シェイラの揶揄半分の指摘に、ジェイスは「うっ」と詰まった。
否、はない。が、クレメントの本気度が、今ひとつ分からない状況で、素直に頷ける程ジェイスも子供ではない。
「……そうなればなったで、ランダス(故郷)じゃ大問題にはなるだろうな」
「そうでしょうねぇ」クレメントが、呑気に言う。
「僕の国でも大問題なんですから。けど、既成事実が出来上がってしまえば、後はどうにかなるんじゃないですか?」
大国の王太子にしては大胆過ぎる発言に、ジェイスは真っ赤になってソファから飛び上がり、シェイラは腹を抱えて大笑いした。
きっ、既成事実って・・・(汗)
男同士でどうやって「それ」を証明する気なんでしょうか、王太子殿下?