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「それに、先程の話し合いでは、端緒から父上から通行証をもぎ取るのは無理と察しましたし。
まあ、ああいう人ですからねぇ、言い出したら聞きませんから」
「それをあんたが言うかい」
「ただ、僕をこの城に閉じ込めるのは土台が出来ない話ですからご心配なく。頃合いを見計らって脱出します。
という訳で、お二人にはこれからすぐにでもウォーム神殿へ行って頂きたいのです。パッドとニーナミーナと合流して、カスタの門前街ミナイへ行って下さい。僕は後から必ず追い付きますから」
「そこが、カスタへの入り口か?」
「はい。ミナイはローハンド子爵の領地で、子爵家が王に代わりカスタへの通行証の発行をしています。とにかく父上からは正式な通行証を奪取出来ませんでしたから、そこで何とかするしかないでしょう」
「あんたの身分がばれて、そっちもダメって話にはなんないよーにしなきゃな」
皮肉ったジェイスに、クレメントはとぼけた笑顔を向けた。
「その点はご心配無く。現ローハンド子爵とは僕は面識がありまんので。しかしそれでも身分がばれたその時は、カスタに押し入るしかないでしょうねえ」
「盗人の次は強盗か。それこそ王太子のやる事かよ。マジで廃嫡されるぞ」
さっきの親子喧嘩じゃないけれど、という言葉はさすがに飲み込む。
がそこで、その親子喧嘩の最中の、自分がパニックに陥ったクレメントの言動を、不覚にも思い出してしまう。
暫しの間。
訊ねるかどうしようかと迷った挙げ句、ジェイスは思い切ってクレメントに訊ねた。
「あっ、あのさ……、そう言えばさっき、あんたが俺に嫁ぐとかなんとか、言ったよな?」
真っ赤な顔で自分を見詰める大男に、クレメントは一瞬きょとんとし、それから銀の瞳をにっ、と半月形に曲げた。
「ああ——ええ。はい、言いました。いかがです?」
「いかがかって……」ジェイスは、途端に苦い気持ちになる。
クレメントのこの表情は、どー見ても自分を揶揄っているって感じだ。
やっぱり、クレメントは本気で自分を好いている訳ではない、ようだ。
完全にダシに使われた、と気付きつつ、それでも、クレメントが好きな気持ちは消えない。
どうしたらいいんだよ、と、ジェイスは内心呻いた。
そんなジェイスの気持ちに気が付いたのか、クレメントが意外な事柄を口にした。
「トール・アルフルの殆どは、生まれながらに魅了の魔法を身に纏っています。自分が、その相手を好きか嫌いかに関わらず、トール・アルフルに近付いた人間は、まず魔法のせいで好意を抱きます」
「……何だって?」
それでは、今まで男でありながらどうしてクレメントが好きなのかと悩んでいたジェイスは、ただ魅了の魔法に踊らされていただけなのか?
「俺は、ただのピエロだったって訳かよ……」
猛烈に情けなくなり、がっくりと項垂れる。
「お気の毒様」と、聞こえるかどうかの音量で、シェイラが呟いた。
「でも」と、クレメントが続けた。
「魅了の魔法は、トール・アルフル自身が相手に好意をさほど抱いていない場合には、相手は友人程度の好感度しか感じません。
けれど、トール・アルフルがその相手に友人以上の好意を持った場合には、双方が恋に落ちることも、あります」
ジェイスは「は?」と顔を上げた。
「え? 今、何て?」シェイラも、クレメントの美貌を見る。
二人にじっと見られたクレメントは、謎めいた笑みを掃いた。
ク、クレメント・・・性悪、かも。