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言うだけ言ってクレメントがさっさと退場してしまった後。
さすがに、切れ者の放蕩息子との丁々発止にくたびれ果てたのだろう。
がっくりと玉座に崩れたレオドール2世は、ユフィニア姫と廷臣達、それにジェイス達にも退出を促した。
クレメントの衝撃のプロポーズが耳に残ったままのジェイスは、茫洋とした面持ちで、気の毒な程疲れ切った表情の国王に挨拶し、シェイラと共に謁見の間を辞した。
「ほらっ、取り敢えずしっかり歩きなさいよっ」とシェイラに叱咤されつつ、侍従の後をふらふらとついて行った先は、これまた豪華な貴賓室だった。
謁見の間の白い空間とは打って変わり、貴賓室はふんだんに色が使われていた。
壁には創世神話から始まるウォーム神配下の神々の物語が、極彩色の油絵として描かれ飾られている。
調度も、国賓を迎える場として最高のものが設えられており、中でもバーニヤン産の硝子棚は、縁に金銀の装飾を施した見事な細工であった。
という感想を、ジェイスは貴賓室へ通された二時間後ぐらいに、やっと持てた。
部屋へ入った当初のジェイスは、内装を楽しむどころではなかった。
頭の中では、まだ先刻のクレメントの言葉がぐるぐると回っている。
『僕と結婚して頂けますか?』——
ならい習性で、背中の二本の大剣をベルトごと外すと、部屋の中央に置かれた、サゼ製の、寝台にもなりそうな程長大な皮張りのソファの脇に立て掛ける。
「しっかし、凄い父子喧嘩だったわね」
シェイラは、ジェイスと同じく剣を長椅子の側に立てると、惚けている主の側へと寄って来た。
「城から出る出ないで、あんなにやり合うなんて。ほんと、どっちも頑固で変わってて、よく似てるわね」
予想だにしなかった言葉を、しかも片恋だと思い込んでいた相手から投げられたジェイスの頭がぶっ飛んでいるのは仕方がない。
こんな状態の相手に「どう答える積もりなのよ」だの、「何ボケてんのよっ」などとどやしたところで逆効果だ、というのを、シェイラは経験上熟知している。
わざとショックの核心に触れないシェイラに、ジェイスの頭も徐々に冷静になって来た。
確かに。
よくよく思えば、あれはレオドール2世と王太子クレメントの親子喧嘩であって、クレメントがジェイスに結婚を申し出たのは、父親への当て付けなのだ。
本当にジェイスに降嫁する気など、多分ないだろう。
と、結論したジェイスは、がっくり肩を落とし、ソファに腰掛けた。
「……だよなぁ」
「あら、やっと頭が冷えた?」
「ああ。少しだけど」
シェイラは片手を口元に当て、くっ、と苦笑した。
「御臣下のどなたも、王太子が降嫁ってところに反応しなかったわね? 正直、私もロンダヌスの婚姻制度はよく知らないから、どうしてか分からないけど……。変わってるわよねぇ」
「国も城も変わってて、国王陛下も王太子殿下も変人か。……その上似てるくせに嫌い合ってる。全く、ああいうのを同族嫌悪っていうんだな」
「同族嫌悪ねぇ」
「そうですかねぇ。父に似ているとは、初めて言われました」
いきなり次の間の方から声がして、二人はぎょっとなってそちらを振り返った。