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「なっ……、何をおっしゃっているのですかっ! 兄上っ!」
「王太子が降嫁なさるなど前代未聞っ! あり得ませんっ!」
「えーっ! ジェイスとっ?」
「ならぬっ!」
レオドール2世が再度大喝した。
「そなたが王太子だっ! 他に誰がこの国を継ぐと言うのだっ!」
「王位継承ならば、クリスグロフ家を筆頭とする王位継承家がありましょう?」
ああそうか、とジェイスは、クレメントの唐突なプロポーズに大混乱している頭を、どうにかこうにか落ち着けた。
ロンダヌスは、王位継承も貴族の家督相続も年功序列。しかも王家以外から玉座に即くのもざらだと聞いた。
王家に近いトール・アルフルの血筋の家から王を立てれば、クレメントが継がなくとも王家に何ら問題は無い。
だが、男のクレメントが、降嫁?
降嫁、という事は、つまり、クレメントがジェイスの『奥方』になるということで……
と、考えて、また脳裏が大パニックに陥る。
俄に顔が熱くなった。
再びどきまぎし始めたジェイスを余所に、周囲の話は進んでいく。
「お言葉ですが」
右側の列の、一番玉座に近い位置に立つ重臣が声を放った。年はジェイスの兄ジークリードと変わらぬ程だが、恐らくこれがロンダヌスの宰相であろう。
「ただ今どの家々にも玉座を継ぐに相応しい男子はおられません。クリスグロフ家は第一夫人のご長女を筆頭に姫君が八人、男子は無し。
グローイン家は当主がまだお若く、お二人のご子息のうちご次男は生後半年の乳飲み子。
レガー家はお世継ぎ自体がおられず、近々準王位継承家のクルックス家からご次男を養子にされるご予定。
そのような状況で、クレメント殿下が降嫁など、我々臣下も承服致し兼ねます」
それより前に、だからどうして男が降嫁出来るんだ、と、ジェイスは内心突っ込んだ。
クレメントを嫁に出来るなら、それはそれで嬉しいが——いや、だから、そうじゃなくって。
常識から鑑みて、やっぱり変だ。
ランダスでは、法が無いので基本的には無理だが、仮にジェイスがクレメントを妻とした場合、絶対悶着になる。
だがロンダヌスの面々は、王と王女を含め、誰も男が降嫁するという話を疑問に思っていないらしい。
不利な状況を並べ立てられて、クレメントは形良い眉を釣り上げた。
「ならば、ユフィニアを立太子なさい」
「何と……っ」
突飛な提案に、一同は呆気に取られる。
「ユフィは僕などより余程この国の政をよく学んでいます。それに機敏で洞察力が鋭い。
良い王の器と言えます」
「……ロンダヌスには」
レオドール2世が、火を噴きそうな表情で息子を睨み付けた。
「我が国には、建国以来女王が立った歴史は無い。前例が無いものを、許可は出来ぬっ」
「ならば、ユフィニアを前例になさい。そうなされば、父上が懸念なさっている未来は無くなりましょう。——民衆に言い知れぬ恐怖を与える王が玉座に就くという、未来は」
「クレメントっ!」
「よく、お考え下さい」
言い捨てると、クレメントは「失礼致します」と父王に背を向けた。
「待てっ! このばか者がっ!」
王が止めるのも聞かず、入り口に向かって歩き始めた兄に、ユフィニア姫が怒鳴った。
「わたくしはっ、女王になどなりませんっ! 無理をおっしゃらないで下さいっ!」