8
何処かの国の訛りのようだが、やけに勘に触る発音だ。
すぐ側で、クレメントが、小さく息を飲む音がした。
何を驚いたのか尋ねようと横を向いた途端、いきなり腕を掴まれた。
「なん……?」
視線を戻すと、兵士長が腕を掴んでいた。
「貴様達が盗人だ、間違いない」
「はあっ?!」
違うと申し立てているのを、全く聞いていなかったのか?
呆れて、ジェイスは、掴まれた腕と兵士長の顔を、交互に見る。
「あのー、俺達は本当に関係ないんだけど」
喧嘩覚悟のシェイラとは対照的に、ジェイスは、やはり穏便に済ませられるならそうしたい、と、大人しく反抗してみる。
しかし、兵士長は、まるで彼の言葉など耳に入っていないようだ。
「貴様達が、盗人だ」
ずいっ、と、掴んだジェイスの腕を引き、強引に連行しようとする。
厳めしいが、貼付いたように形相を全く変えない兵士長の態度に違和感を覚え、ジェイスは無言で掴まれた腕を振り解いた。
兵士長が、睨んではいるが空ろな目で、ジェイスを振り返る。
「だから、関係ないって」
「……あの方が正しい。あなた達が犯人だ」
だが、今度は神官長までが、娘の言葉を肯定した。
娘がまた言った。
「捕まえなさい、兵士の方々。あの人達が賊ですっ」
「違うって、言ってるでしょっ?!」
シェイラが吼えた。
しかし、娘の言葉に従って兵達は一斉に剣を抜く。
「……こーいう、騒ぎの起こし方、したくねえんだけどなあ」
じりじりと寄せて来る彼等に、ジェイスは仕方なく、背中の大剣の柄を握った。
団体からまた悲鳴が上がった。
シェイラも腰の剣を抜き放つ。
「抵抗するなら、殺せっ!」
兵士長が叫んだ。
迎え撃つため剣を構えた二人に、クレメントが鋭く指示した。
「殺してはいけませんっ」
「分かってるってっ!」
他国の兵士を手に掛ければ、ジェイスの立場上、身分がばれた時が厄介だ。それに、場所も礼拝堂という、最も血を嫌う所である。
左から斬り掛かってきた一人が振り下ろした剣をかい潜り様、ジェイスは抜刀した大剣の柄で兵士の鳩尾に当て身を食らわす。
揉んどり打って倒れた兵士の背後から襲ってきた二人目は、回し蹴りで弾き飛ばした。
ちらりと目の端に入った相棒のシェイラも、片刃剣の峰を上手く利用し、兵士を次々と床に転がしている。
たった二人に手こずる部下に業を煮やした兵士長が、更なる増員のために緊急用の呼ぶ子笛を吹いた。
笛を聞き付けた神殿警護の兵士達が、奥の詰め所から礼拝所へ、ばたばたと駆けて来る。
その数、ざっと数えても、20人は下らない。
「ちょおっ……! いくら何でも、この人数を俺とシェイラだけで転がすのは、無理だぞ?」
さすがに降参、と、手を挙げかけたジェイスに、クレメントが真剣な声で返して来た。
「ええ。もうこれ以上は。——逃げましょう」
言うなり、クレメントは兵士達に右手の掌を向けた。
呪文の詠唱も何も無かった。
クレメントの掌が向いた方向に、いきなり小さな竜巻きが起こった。竜巻きはたちまち、ジェイス達に迫っていた兵士達を突き倒す。
驚いて動きを止めてしまったジェイスとシェイラに、クレメントが早口で促した。
「外へ出てっ!」
クレメントは自分の魔法の効果など全く頓着せずに、素早く扉の外へ飛び出した。
ジェイス達も、それに続く。
見物人を礼拝堂内へ入れぬよう押さえていた外の兵士が、唐突に開けられた扉に驚き振り返る。
「捕まえろっ!」という兵士長の怒声に、幾人かの兵士がジェイス達を阻止しようと立ちはだかった。
ジェイスはとっ掛かって来た二人を拳骨で排除する。倒れる兵士を避けた群衆が割れた隙間をさらに広げ、三人は大通りへと出た。
「待てっ!」
礼拝堂から出て来た兵士が、彼等が分けた人波を辿って追って来る。
「しつこいですねっ」
クレメントは立ち止まると、もう一度掌を追っ手へ向かって上げた。
今度は眩い光が、兵士達の頭上で炸裂する。
周囲に居合わせたやじ馬達も、一斉に目を覆ってその場に屈み込んだ。
その隙に、三人は大通りから脇道へと一目散に逃げ込んだ。