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「おお。そこにおられるのが、ランダスの英雄伯爵殿か」
ジェイスは、客が居るのにも気が付かない程息子を怒っていた王を、いささか気の毒に思いながら、改めて名乗った。
「はい。ジェストロッド・キリアン・カーライズと申します。本日は、ロンダヌス国王陛下のご尊顔を拝し奉り、恐悦至極に存じます」
「うむ。伯爵の、御国内戦の際の活躍は、この南の端の国にも聞こえておる。この度は、我が国の馬鹿王子の供などさせて、大変心苦しく思っておる。許せ」
「なんの。クレメント殿下には、我が国ランダスも、魔法石盗難の件でご助力頂きました」
「なんと……っ」
ジェイスの一言に、国王も重臣達も顔色を変えた。
「では、ランダスでも魔法石が?」
王の問いに、ジェイスは大きく頷いた。
「はい。王家に伝わるものではなく、賢者カスガの魔法石ですが」
「ふむ……」
「その件も含め、父上に、是非ともお聞き入れ願いたい事があります」
ジェイスの話を受けてすかさず切り出したクレメントに、レオドール2世は顰め面を作る。
「探索に加えろ、という話なら、相成らん。そなたはこの先、ロレーヌ城から出る事は、まかりならぬ」
だが先に釘を刺した王に、ジェイスは内心不味いと舌打ちした。
これはカスタの通行証を貰うどころではない。クレメントが城に閉じ込められれば、自分達のこれまでの道程も水の泡になる。
何より、二度とクレメントに逢えない、などという事態は、自分が悲しい。
ここは、僭越だがどうにか王太子が幽閉されないよう、自分からも口添えせねばならないだろう。
意を決し、恐れながら、と、ジェイスが親子の間に割って入るより先に、クレメントが口を開いた。
「お言葉ですが」
どうするのか、と心配するジェイスの前で、当のクレメントは顔色を全く変えず、一歩玉座へ詰め寄った。
「賊は相当の力を持った魔導師です。巧みに己の力を使い、目的を遂げようとしています。それを阻止出来るのは、同じ魔力を持った魔導師しかおりません」
「魔法石盗人に、どれ程の目的があるというのだ? 定めし、何処かの闇市で石を高値で売ろうと言う程度の腹積りであろうが」
「あの盗人は……、ノルン・アルフルの血を濃く継いでいる者です。ノルオールの子らの悲願はひとつ、怒りの女神の復活です」
ジェイスもランダスで一度聞いたその話に、やはりロンダヌスの家臣団もどよめいた。
が、レオドール2世だけは鼻で笑った。
「ばかな事をっ! 何処にそんな証拠がある。かつてこの大陸にいたとされるノルン・アルフル達の誰が、ノルオールの復活を企んだというのだ? でたらめも甚だしいぞ」
「父上は」
クレメントは、溜め息混じり言った。
「この王城の書庫の中身をご存じないのです。ここには、過去カスタの王達が何をし、何を作り出したか、克明な記録が山とあります。
その中に、かつてノルオール復活を試み、その愚かな行為によってカスタを滅ぼした王の事も記されております」
「……ライズワース王の話か。だがあれならそれは、そなたの思い違いだ。ライズワースはウォームに逆らい国を分断しようとして、神々に処罰されたのだ」
「国を分断しようとした根拠は何ですか? それこそがノルオール復活です。そのために、彼の王はカスタの都を封鎖し内部に魔物を放ち、魔法の罠を施し、ノルン・アルフルの血を引く者以外は立ち入れないようにしたのです。そして、その愚行によって王がウォーム神に処罰された後も、今日までカスタの都は、神々ですら入れない——恐ろしい魔境になってしまったのです」
初めて知ったカスタの古代遺跡の成り立ちに、ジェイスはそうだったのか、と取込み中にも関わらず一人納得した。
クレメントは続けた。
「魔法石は、おっしゃる通り盗人達の闇の市でも高く売れましょう。ですが、あれはすぐに足が付く代物、そんなものをおいそれと買い込む者は早々はおりますまい。また、魔力無き者には、何の変哲もない石でしかありません。
それにノルン・アルフルの子孫ともあろう者が、石を売ったくらいのはした金のために危険を冒し大陸の南から北まで盗みのために飛び回るなど、恐らくしないでしょう」
レオドール2世は、腹立たし気に足を大きく組み換える。
「だからどうだというのだ? それでそなたを外に出す理由にはならないぞ。大体そなたは——」
言い掛けた国王の声を遮るように、突然、広間の扉が左右に大きく開いた。




