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ランダスまでの行きは一瞬だったが、帰りは二週間近く掛かった。
賑やかだった夏節祭はとうに終わり、ロンダヌスの王都ロレーヌも、普段の顔を取り戻している。
商店や家々の窓にも、それまで飾られていた祭用の花ではなく、真夏に備えた日除けの薄布が掛けられていた。
「季節の移ろいって、早い……」
ジェイスは馬車の窓から見える街並を眺め、ふうっ、と溜め息をついた。
「あっちゅー間に夏真っ盛りだもんな」
「そうですねえ」
向い合せで座ったクレメントは、笑いを含んだ声で返した。
「それにしても、山の廃墟の神殿から一挙にロンダヌスの神殿の書庫ってのは、やっぱびっくりするぜ?」
リムに連れられて行った神殿の魔法陣の転移先は、ロレーヌのウォーム神殿の大書庫だった。
半地下の書庫の一番奥の小部屋に廃墟の神殿地下の魔法陣と同じものがあったのだが、殆ど開けられた事の無い部屋なので、ウォームの神官の誰もその存在を知らなかった。
魔力のある者が減った現在、魔法陣での移動が行われないため忘れられていたのだろう。
たまたま小部屋のすぐ側の棚で調べものをしていた若い神官は、中からぞろぞろと出て来たジェイス達に、腰を抜かす程驚いた。
「今回はあんたがすぐに身分を名乗ってくれたから、まあ大事にはならなかったけどな」
驚いた神官の悲鳴で飛んで来た神殿兵と、ジェイス達はあわや一戦になりかけた。
初めてウォーム神殿で出会った時の事を当てこすったジェイスに、クレメントはにっこり微笑む。
「魔法石盗難の時は、引き付け役の女性の魔法を考慮に入れていませんでした。その点は十分に反省しています」
あっそっ、と、ジェイスは素っ気なく返す。
ここでいつもなら態度が悪いと叱る声が飛ぶのだが、生憎シェイラは馬車に同乗していない。
クレメントはいいと言ったのだが、キリアン伯の戦友であっても身分は従者である彼女は、さすがに大国ロンダヌスの王太子と同乗するのは辞退した。
王太子帰還の連絡を王宮にした際に、迎えの馬車と一緒に連れて来るよう頼んだ騎馬で、護衛の騎士と供に馬車の側に付いている。
残りの二人、パッドとニーナミーナは神殿で待つと自ら申し出た。
イリヤの神官と神殿付き騎士でしかない二人は、通常ならば国王の正式な招きがなければ王宮へは上がれない。が、今回の件に関してクレメントの護衛として同行しているため、王太子の口添えがあれば登城は可能だった。
王宮に出向けば、家出していた王太子の護衛として付いて来た事で色々質問されるのは明白である。
二人が登城を辞退したのは、恐らくそれが面倒だったんだなと、ジェイスは内心納得した。