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大反響する悲鳴を聞き付け、神官達が奥殿から出て来た。
「どうしましたかっ?」
白地に、ウォーム神の象徴植物である百合を前面に刺繍した夏用の外衣を纏った、12、3人の神官の中程にいた一人が、兵士長に尋ねた。
「あっ、神官長殿っ! 一大事ですっ、魔法石が消えましたっ!」
「なんとっ?!」
神官長が祭壇を振り返る。そこにある筈の小箱が無いのに、神官長の細長い顔が、みるみる驚愕の表情になった。
「一体、どうしたのですかっ!」
他の神官達も一斉に祭壇に駆け寄る。
信者達を掻き分けて祭壇へ集まる神官達の様を他所に、クレメントが不意に入り口へ駆け出した。
「おい、どうしたんだ?」
後を追ったジェイスは、半分開いた扉から外を睨んだ若者が、吐き捨てるように呟くのを聞いた。
「逃げられた……」
「って、誰に?」
ジェイスが追って来ていたのに気が付いていなかったらしいクレメントは、背後から尋ねられて、驚いた顔で振り向いた。
「あ、ええ……。さっきの長身の男です」
「フード被った?」
「はい」
「なあに? どうしたのよ?」
小走りに寄って来たシェイラが、不審げに眉を寄せる。
「さっきのフード野郎が消えた」
「えっ? じゃもしかして——?」
「おいっ、そこの三人、何をこそこそやっているっ?」
ジェイス達に気付いた兵士長が、居丈高な態度で詰問する。
神殿警護の兵士に限らず、他国の兵士とやり合うのは、現在のジェイスの立場を考えれば、利口ではない。
ジェイスは、作り笑いを浮かべた。
「ああ、えーと、誰か出てったみたいだなーと」
「何だとっ?」
兵士長はジェイスの大柄な身体を押し退け、外を見た。礼拝堂の扉の外側には、急に警護の兵が中へ入ったのに驚いた祭の見物客達が、集まって来ていた。
興味津々で大階段を上ろうとするやじ馬は、必死に止める兵士達に口々に文句を言っている。
そんな状況で兵士長が顔を出したので、やじ馬が一斉に中がどうなっているのかと喚き出した。
わんわんと、まるで犬が吠えているかのような大勢の質問に驚いて、兵士長は慌てて扉を閉めた。
「……誰も出て行った様子は無いっ」
兵士長は、じろり、と三人を睨付ける。
「もしかして貴様ら、自分達の犯行を隠すためにでたらめを言ったな?」
これは、弁解しても、何のかの理由をつけて引っ張られるな、と判断したシェイラは、喧嘩覚悟で見当違いもいいところの相手に啖呵を切った。
「馬鹿言わないでよっ。私達が盗人だっての? だったらこんなとこに何時までもぐずぐずいないわよっ」
「むむむっ、その反抗的な態度っ。ますます怪しいっ!」
「何寝ぼけてんのよっ、このおっさんはっ!」
「何だとっ?」
「どうしたのです?」
神官長が、こちらへやって来た。
「神官長殿っ、こやつらがどうやら盗人のようですっ!」
神官長は、ジェイス達三人を見ると「あっ」と短く叫んだ。
「あ、あなたは——」
クレメントに対して神官長が何か言い掛けたその時、祭壇前の団体の中から声がした。
「その人達が犯人ですっ、神官長様っ!」
若い女の声だった。
ジェイスは素早く、声のした方へ目を走らせる。
その娘は、前方の集団の中にいた。長い黒髪と深緑色の瞳をした、愛らしい顔の娘だった。
髪は後頭部で高めに一つに結っている。垂らした総が、生成りの神官服の後襟で揺れている。
娘は必死の表情で、もう一度、今度は兵士長に向かって言った。
「間違いありません。兵士長様、その人達が魔法石を盗んだのです。私の言う事を聞いて下さいっ」
兵士長は、鬼の形相でジェイス達を睨む。
隣で、神官長は、ためらうように再びクレメントを見た。
「しかし……」
「私の言う事を聞いて下さい、神官長様。その人達が盗人ですっ」
ジェイスは、娘の発音に妙な癖があるのに気が付いた。