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リムは、先刻の室内の妙な空気についての言及は、その後もしなかった。
広間に用意された食事は、山の幸をふんだんに使った豪華なものだった。
サッドの長の心づくしの晩餐に、ジェイス達も大満足だったが、特に大食漢で美食家のニーナミーナが、量も味も一番満足のようだった。
満腹になり、皆ほっと一息ついた頃。
「リムさん」
クレメントが不意に声を掛けた。
「来る時に通った道で、気になる場所があったのですが」
リムは、後片付けをする妹を手伝っていた手を止める。
「何処だ?」
「崖の中の通路の途中に、彩色された小道がありました」
「ああ——」
やっぱり気付いたか、という表情をあからさまにすると、リムは自分の席に座り直す。
「あの道は、サッドの神の祠への道だ」
「サッドの神?」
神官としては興味を引かれる話に、ニーナミーナが聞き返した。
「サッド族の神って、聞いた事がないわね?」
「サッドの神は、あんた達が信仰しているウォームの神々とは違う。知恵と力を与えてくれ、生きる術を教えてくれた神だ」
「サッドの生きる術、というと……、怪物の操り方とかか?」
半分まさかと思いつつ言ったジェイスの言葉に、だがリムは「そうだ」と頷いた。
「神は、サッドに異界の妖魔を呼び出す術を教えた。俺達はそれによって、呼び出した魔物をガーディアンとして使役出来る」
「え? じゃああの怪物って、この世界の生き物じゃねえのか?」
ボガードなどの妖魔と同じ、森林や山林に棲みついている連中だと認識していたジェイスは、予想外の答えに驚く。
クレメントが、至極真面目な表情で頷いた。
「マンティコアは、この世界では空想の生き物と思われています。他の大型の魔物でも、ユガー以外は魔導師でも名前を知っているだけというものがかなり居ます。
正直、僕も目の前で見るまでマンティコアが実在するなんて思ってもいませんでした」
「そっかあ。俺はてっきり、コルーガ特有の珍しい妖魔なんだとばかり思ってたぜ。この山には、俺ら里の人間には知られていない生き物とかが多くいるんだと、ずっと思ってたから。
あんたがあの怪物二匹を消したように見えた時も、奴らを山へ放ったんだと思った」
「山特有の生き物も、居るにはいる。コルーガにしかいない鳥とか獣とか。だが、妖魔はそういった生き物ではない。獣や鳥には巣があるが、妖魔の巣は見た事が無い。奴らは、増える時は突然、まるで泉でも出るように湧いて出る」
「湧いて……?」
クレメントの問いに、リムが頷く。
「それは、一定の場所から一斉に現れる、という事ですか?」
「山地の森全体からだ。……いや、正確には分からない。気が付くと湧いている、というのが、実感だ」
そうですか、と言ったきり、クレメントは黙った。
その後、ニーナミーナがしつこくサッドの神の名を聞いたが、リムは「知らない」の一点張りだった。
やがて夜が谷間を埋め、川も音のみで姿を闇に隠した。
寝室は二人ずつ、二階の部屋に用意してくれた。
ジェイスは、本音はクレメントと一緒の部屋になりたかったが、いくら何でも相手は大国ロンダヌスの王太子である。
この機に乗じて口説き落とすには、少々、というより、かなりな難物だ。
意気地がないと言えばそれまでだが、うっかり手を出して国際問題となり、また兄から勘気を被るのも嬉しくない。
ので、ジェイスは諦めてパッドと一緒の部屋を選び、クレメントが一人部屋になった。
ジェイス、やっぱり意気地なし、かも・・・