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地下迷宮の女神  作者: 林来栖
第六章 山の民2
60/153

1

 どう見ても十代だろう、小柄で華奢な若者である。

 ミルガルトの薬屋で出会ったサッド族の男達と同じような、レンの毛皮の帽子と袖無しの上着を身に付けている。腰丈まである毛皮の背の中程まで伸ばされた黒髪は、紫色の紐で無造作にひと纏めにされていた。

 若者は、ジェイス達を一瞥し、ひらりと生き物の背から飛び下りる。

 胸に下げていた細長い笛を銜えると、腕を上げ二回、回した。

 吹いている、と思うのに、笛の音は全くしない。

 が、怪物には音は聞こえているらしく、マンティコアはユガーを喰うのを止め若者の方へ獅子面を向けた。

 次の瞬間、逃げ腰で木陰から様子を窺っていたボガードの群れ目がけて跳躍した。

 喰われては堪らないとばかりに、妖魔達は一目散に空き地を後にする。襲撃して来た時の勢いとは打って変わって悲鳴を上げながら霧散するボガードに、ジェイス達はぽかんとその姿を見送った。

「こんなところで、何をしている」

 いきなり若者に尋ねられ、ジェイスははっと現実に還った。

「この辺りの妖魔は、近頃酷く凶暴になっている。旅人が無闇にこんな場所に踏み込むのは危険だ」

 若者は、髪と同じ黒い瞳で、ジェイスの顔を睨上げる。

 大男のジェイスに対しても気圧されない、意志のはっきりと現れたきつい瞳に見詰められて、逆にジェイスは内心やや臆した。

「あー、ちょいと訳ありでな。急ぎロンダヌスに行きたいんだ」

「ならば尚更、この道は使わない方がいい」

「と、言われても、今更引き返せねえしな」

 つっけんどんな物言いが少々勘に障って、ジェイスはぶっきらぼうに返した。

「死にたければ、止めない」

「あのなぁ……」

「もしかして、あなたは岩ノ上部落の長老のお孫さん、リムさんですか?」

 クレメントの不意の問いに、若者は少し驚いた風に濃い眉の片側を上げる。

「……何故、俺を知っている?」

「ミルガルトの店で、サッド族の方々にお聞きしました。あなたが一番、サッドの中で強いガーディアンをお持ちだと」

「そうだ。俺のガーディアン、さっきあんた達が見たあれだが、あれがサッドで一番強い。だが、あのガーディアンでも時には妖魔に負ける。まして、人間だけなら、今の状況では絶対に喰われる」

「解っています」

 クレメントは静かに言った。

「でも、僕達は急ぎの旅をしなければならないのです。——リムさん、どうか力を貸してくれませんか?」

『昼なお暗い山中にひっそりと咲く、匂い立つ白百合のような、美貌』

 憂いを帯びて首を傾げるクレメントの容姿に、シェイラは思わず詩人オーガスタがロレーヌ一の美女と言われた娼婦レニアを謳った一節を思い出す。

 いにしえの美人もかくやと言う美貌は、男だと分かっていても、思わずくらりとしてしまう。

 本人が自分の容貌を分かっていてやっているのかは甚だ妖しいが、案の定、リムは暫し考え込んだ。

「お願い、事は一刻を争うのよ」

 シェイラは、ダメ押しとばかり脇から更に頼む。

 傍で見ていたジェイスは、傾国の美女顔負けの王太子の美貌にクラッと来ているところに、これまた美人のシェイラの懇願で、断り切れる男はまずいないだろうと、思った。

 案の定、リムはひとつ大きく溜め息をつくと、頷いた。

「分かった。ただし、俺はこれから部落へ帰る。それに同行するならだ」

「岩ノ上部落へ、ですね。どの辺りですか?」

「ロンダヌス北部の国境から十キロくらいだ」

「ああ。だったら願ったりです。お願いします」

 晴れやかなクレメントの笑顔にリムの仏頂面が少し赤くなったのを、ジェイスは見逃さなかった。

 内心で「ご愁傷様」と唱えながら、彼はガーディアンを呼び戻すために再び笛を銜えた若者の横顔を見遣った。

更新、やや遅れ気味で申し訳ありません。


今回初登場のリムくん。

やっぱりクレメントの色香に惑ってます・・・


困った王太子殿下です(汗)

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