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地下迷宮の女神  作者: 林来栖
第五章 山の民
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14

「本気で吹き飛ばすしか無さそうですね。申し訳無いですが、ちょっとの間、持ち堪えて下さい」

 そう言うと、王太子は銀の美しい両目を閉じ、両掌を胸の前で付かない距離で合わせる。

「……天地に遍在する気の源、我が内に集めん。しかしてその力、我の意に従いて放たん……」

 低い声での呪文の詠唱は、魔法に鈍感なジェイスですらはっきり解る程周囲の『気』を歪める。足場がぐにゃりと曲がるような不思議な感覚に襲われ、妖魔達も一瞬動きを止めた。

「——竜巻刃」

 クレメントの呪文が完成する。途端、彼を中心に激しい気流の渦が起きる。

 竜巻は、クレメントが進む方向を腕て指し示すと、走り始めた。高速で回転する鋭い風刃は、ジェイス達を上手く避け周囲の妖魔を次々と薙ぎ倒す。

 血飛沫を上げて横様に飛ぶボガードとユガーの間を抜けた竜巻は、更に大きさを増し、広場を囲む木々をも倒す。

 大木の陰に隠れていたボガード達が、堪らずにジェイス達の前へ飛び出して来た。

「うりゃっ!」

 動きを見ていたジェイスは、前へ出て来た二匹を難無く斬って捨てる。

 シェイラも、止む無く掛かって来た一匹を素早く始末し、二匹目の小剣を上手く受け流す。

 しかし、竜巻の餌食にならなかったユガー二匹が、いきり立って吠えた。

 妖魔の咆哮は、聞く人間の戦意を畏縮させる効果がある。

 戦斧で倒れた巨木を叩き割り、空き地の中央へ躍り出て来た巨大な魔物が、咆哮に竦み動きを止めたパッドに襲い掛かる。

 岩をも砕く武骨な戦斧が、若い騎士の頭上に振り下ろされる。

「パッドっ!」

「きゃああっ!」

 女性二人の悲鳴が上がったその時。

 街道の方向から一陣の突風が、ユガー目がけて吹いて来た。

 強い風がまともに目に当たった妖魔は、痛みに吠え戦斧を落とす。

 そのユガーの頭上を、風と同じ方向から飛んで来た黒い巨大なものが襲う。

 鷲のような翼を持ったその生き物は、だが鳥ではなく、身体は獅子である。

 突然現れた怪物は、大きな前肢でユガーに組み付くと、どうっ、と地面に倒した。

 倒された妖魔が咆哮する。怪物はそれ以上の大きな咆哮を響かせると、獅子の大きな口を開け、鋭い牙でユガーの頭を噛み砕いた。

 夥しい血と脳漿が、周囲に飛び散る。

 ユガーの断末魔を聞いた他の妖魔達が、新手の敵に恐れをなして動きを止めた。

 怪物と妖魔の間から間一髪で抜け出していたパッドは、眼前の凄惨な光景に思わず片腕で顔を覆った。

「マンティコア……?」

 ジェイスの傍らに立ったクレメントが、小さく呟く。

 街道の方から、今度はどすどすという重たい足音がした。

 振り向いたジェイス達の前に現れたのは、馬を一回り大きくしたような生き物だった。

 その背に、若者が乗っていた。

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