13
その時。
しゅっ、という鋭く風を切る音と共に、ボガードの腕が宙を舞った。
魔物が痛みに悲鳴を上げる。
何が起こったのか、と一瞬戸惑っているジェイスの前に、クレメントが長剣を構えて立った。
「大丈夫ですかっ?」
「あ、ああ、済まない。腕を斬られた」
「どれ」
クレメントは油断なく剣を構えながら、ジェイスの腕を片手でぐいっ、と引き寄せた。
「ああ、深く切れてますね。——清き水の力持て、傷付きし生命を癒せ。治癒水」
服の下、傷の上をひやりと冷たい水が流れる感覚がして、ジェイスは思わず身震いする。
だが服は濡れもしない。赤い口を開けていた傷口が、魔法の水によって瞬く間に塞がる。
水の治癒魔法には、ランダス内戦の時も二度、傷を塞いで貰ったが、どうしても、このひやりとする感触には慣れない。
「助かった」
気持ち悪さはさておき、痛みも傷も消えたので、ジェイスはクレメントに礼を言う。
「どういたしまして」
引き攣り笑いをした大男に、クレメントが様子を察して苦笑する。
「それにしても、本当にちゃんと剣、扱えるんだ」
「まあ何とか。前にも言いましたが、近衛隊の隊長直々に指南して頂いて、ちゃんと稽古もしましたから」
「あー。それなら筋はいい訳だ」
「ちょっとそこの二人っ! のんびり世間話なんかしてる場合じゃないでしょっ!」
シェイラが、二匹を相手に奮戦しながら怒鳴る。
はいはい、と返事をしたジェイスは、ふとパッド達を振り返ってぎょっとなった。
彼等の向こう側の灌木の茂みから、新手が来ている。
しかも。
「やばいっ! ユガーが五匹も一緒だっ!」
「何ですってっ?」
シェイラも、二匹を斬り飛ばしてそちらへ首を捻った。
生い茂った草と灌木を薙ぎ倒しながら、ひときわ大きな妖魔がこちらに向かって来ている。
人の一・五倍はありそうな体格のユガーは、ぶうぶうという、独特の唸り声を上げ豚に似た醜い顔を真っ赤にして、巨大な戦斧を振り回している。
森林の魔物の中でも一、二を争う凶暴な妖魔の出現に、クレメントが舌打ちした。
「キリがありませんねぇ」
「ここは逃げちゃった方が良くないっ?」
十匹目の頭をかち割りながら、ニーナミーナが言った。
「逃げ場なんか無いよニーナっ! この空き地、街道側しか出入り口が無いんだからっ!」
「じゃあ、どうすんのよっ!」
「ひい、ふう、みぃ……。ボガードは見える範囲で残りざっと三十、か。こりゃユガー倒して突破するっきゃねえな」
「無理よジェイスっ。ユガーは一撃じゃ倒せないわ。おまけに五匹よっ。掛かってる間に、私達ボガードに刻まれるわよっ」
シェイラが即座に否定する。
「……しょうがない、ですね」
クレメントが、長剣を鞘に戻した。