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「何っ?」
ジェイス達から少し離れた倒木に腰掛けていたパッドとニーナミーナが、素早く立ち上がる。
「ボガードだな」
ジェイスは、故郷からロンダヌスまでの旅の途中、何度か遠くに聞いた唸りに、目を鋭くした。
後ろの岩に座っていたシェイラが、腰の剣を抜き放つ。
「こんな昼間から……っ!」
「何の理由か、それだけ奴らが活発になっているって事だな」
ジェイスは背中に背負った大剣の柄に手を掛けると、立ち上がった。
ボガードの吠え声は更に近くなり、薮が煩く揺れる。
「来るぞ」
ジェイスが言うが早いか、薮や木陰から一斉に矢が飛んで来た。
「火炎楯っ!」
クレメントが叫ぶ。ジェイス達の周囲にぐるりと炎の壁が出来た。
炎はボガードの放った矢を悉く捕らえ、焼き尽くした。
「ほう、こりゃ便利だ」
「一過性です。長くは持ちません」
感心するジェイスに、クレメントは片頬で笑う。
王太子が言った通り、程なく炎は消えた。
魔法に遮られ、一度は怯んだボガードの先鋒が、炎の楯が無くなった途端薮から小剣を振り翳し飛び出して来た。
ボガードは、痩せこけた真っ黒な顔の上に、ぬらぬらと光る黒い大きな目をぎょろつかせ獲物となる人間達に迫って来る。
人と同じ程の背丈のこの妖魔は、だが人を遥かに上回るすばしこさを備えている。
飛び掛かるように襲って来たボガードを迎え撃つため、シェイラが前へ出た。彼女は頭上から振り下ろされた一撃目を左手に嵌めた剛銀の腕輪で受け止めると、素早く妖魔の腹へ剣を突き刺す。
シェイラの早業を見届けたジェイスは、背の鞘から己の大剣を引き抜き、突進して来たボガードをひと薙ぎした。彼の腕力と通常より幅の広い剣の重さで、軽い妖魔は枯れ枝のような腕をばたつかせながら横にふっ飛ぶ。
一方、背後からの敵はパッドとニーナミーナが引き受けた。
普段の気弱な性格からは一変して、パッドはいかにも騎士らしい正確な太刀筋で長剣を操る。
パッドから少し離れたニーナミーナは、襲って来たボガードをモーニングスターという、鎖の付いた鉄球で叩きのめす。この武器は、鎖の長さ分の距離を考えないと味方まで巻き込んでしまうのだが、使い慣れているのだろう、彼女は自在に鉄球を振り、左右から攻めて来た敵も一撃で仕留めた。
四匹目を倒したジェイスは、眼前の薮からまた五、六匹のボガードが小剣を握り駆け出して来るのに気が付いた。
斬り付ける動作を寸でで交わす。目標を無くした相手が前へのめるのに、首筋に大剣の刃を落とす。
だが、倒れた一匹の陰になっていた別の妖魔が、素早い動きで飛び込んで来た。
ジェイスは咄嗟に身を翻しその切っ先をやり過ごす。が、僅かの油断が傷を作った。
「——っ!」
返し様、ボガードの小剣が偶然、右肘に当たった。小手から外れた布地と肌が十数センチ、裂けて血を吹く。
皮膚の下を走る太い血管が切れ、痛みに思わず右腕を掴んだ彼目掛けて、更に背中からボガードが襲い掛かる。
身体を捻り、辛うじて避ける。が、ボガードは振り向き様剣を握っていない方の手の爪で、ジェイスの目を狙って来た。
ライカンスロープ程ではないが、妖魔であるボガードの爪は相当に鋭い。
目を突かれたら、恐らく一撃で人間は死ぬ。
体を交わした分だけ、ジェイスは次撃の防御が遅れた。
間に合わない。爪が、眼前まで来る——
ちょっと長い戦闘シーンになってしまいました・・・
ジェイス、英雄とか言われてるわりに、ドジです(汗)
ランダス内戦の時も、結構シェイラに助けられていました。
腕っ節は、もしかしなくてもシェイラのほうが上かも。