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「ジェイスは、どうなのですか?」
むっつり黙り込んだ偉丈夫の気を引こうと、クレメントは話し掛けた。
「俺は……、別に。母はとうに亡くなってるしな」
「父上とは?」
「普通。大体俺は三男で、跡継ぐ立場じゃないからな。親父も母もほったらかしと言えばそうだったぜ。一番上の兄貴だけは煩かったが」
ジェイスの長兄、現カーライズ公の顔を思い浮かべ、クレメントはさもありなん、と微笑んで頷く。
「まあ、僕も似たようなものです。母上より話すとはいえ、父上が僕をお嫌いなのは母上同様なので。話すのは、もっぱら妹とばかりでした」
「って、もしかして、お父上とは実務の話しかしてねえとかじゃないだろうな?」
「よくお分かりですねえ」
おどけた王太子に、ジェイスは盛大に顔を顰めた。
「マジかよ?」
と、いう事は、家族としての会話は本気で皆無なのか? と、ジェイスは突っ込み、クレメントは「ええ」と肯定した。
「そこまで、冷えきってる訳?」
「うーん、そう言われればそうかも知れませんねえ」
「その上勝手に出歩いてて、ほんとは、ほんとーに不味いんじゃないのか?」
国王が、実子の王太子を毛嫌いしているだけならともかく、そんな状況で当の王太子が供も無しにふらつくなど、他国なら大問題である。
「他に世継ぎ候補がいたら廃嫡とか……」
暗に、他の気に入りの妾妃に子供がいて、そっちを可愛がっているのでは、というジェイスの問いを、クレメントはあっさり否定した。
「ああ、それはないです。ロンダヌスでは母親の身分に関わりなく、男児は年齢順に家督相続の権利を得ますから。それに、現国王には僕以外男の子供はいません」
「なんだ、妾妃に子供がいないのか」
「いえ、妾妃がいないんです。父には母以外、愛した女はいません」
「へえ?」
珍しいものでも見るように、ジェイスの、焦げ茶の目が見開かれる。
大概、何処の国の王でも正妃の他に一、二人は妾妃を持っているのは、クレメントも知っている。
「ランダスじゃあ、先々代の国王に三人の妾妃がいて、それぞれ王子がいたんで、一時は家督争いに発展しそうになったんだ。国王が、家督は年の順と決めたんでその時は内紛を免れた。が、その跡を継いだ先代国王が、まだ8歳だった現国王ソルニエスを残して早死にしたんで、内乱になった」
「そう、だったのですか」
「まあ、何人も跡継ぎがいると火種だよな」
「そんな事は……。ロンダヌスは、確かに他国とは少し違っていると思いますけどね。特に王家は、王位継承権が年齢と家柄順で厳密に決まっていますから。逆に言えば、王が妾妃を持たなくても、例え正妃に男児がなくても継承者がないという事態は、まずありません」
「へー、そうなんだ」
「妾妃は、むしろ王位継承権のある公爵や伯爵の方が、多く持っています。彼等には継承権の他に家督相続の責任がありますから」
「そうだろうな。当主が王になっちまったら、次がいなけりゃ家が無くなっちまうもんな」
「いえ。当主は王位継承から外されています」
「ええっ? そうなのか」
それも普通ではない。少なくともランダスでは公爵伯爵になっても、血統があれば王位は継げる。
「当主には、その家を守り次代に繋ぐ大事な役目があります。なので、当主となった者は、自動的に王位継承権がなくなります」
「……それで、よく家督争いとか起きねえな」
当主は王位継承権が無いのなら、必然的に嫡男は一番不利になる。
公爵家の家督を継ぐより、王位に就く方が権力は測り知れない程大きい。
嫡男が王位に意欲があった時には、普通とは逆に廃嫡騒ぎなどが起こりそうだが。
ジェイスの言に、クレメントは軽く笑んで小首を傾げる。
「何ででしょうね? そう言った騒動は過去一度も起きた事は無いようです。……多分。トール・アルフルが権力欲が乏しいからかも知れません」
「はあ……」ジェイスの、気の抜けた相槌に、クレメントは小さく吹き出した。