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昼近くまで歩いて、一行は街道脇に適当な広さの空き地を見付けて休憩した。
夏だと言うのに、深い森の中は初秋のように肌寒い。クレメントは背負っていた背嚢の中から、外套を引っ張り出して肩に掛けた。
「火、熾そうか?」
訊いたジェイスに、「いえ」と首を振った。
「風邪引いたらまずいだろ」
「そこまで寒くはありませんから。——それよりジェイス、ひとつ訊いていいですか?」
「なんだ?」
「ミルガルトの薬屋で、本当は中へ入るの、嫌だったんじゃありませんか?」
唐突に五日も前の事を言われ、ジェイスは目を丸くする。
「何でいまさらそんな事、訊くんだ?」
「気になっていたんですけど、あなたにお訊ねする機会がなかったんです」
「随分とまぁ……、しつこく気にしてたもんだなあ」
「すいません、どうも性分で。一度気になると忘れられなくなるんです。——それで、父にも母にも嫌われました」
クレメントがにっこり笑顔で言うのに釣られ、ジェイスはあっはっは、と大声で笑った。
「怒られたんだ?」
「ええ、父に。元々母とはあまり口を利きませんでしたから」
その言葉で、ジェイスは重大な事を思い出した。
「……そう言えば、母上との間にはあまり愛情が無かったって、この間言ってたけど……」
クレメントは微笑んだまま「ええ」と言った。
「口利いて無かったって、どのくらい?」
「そうですねえ、年に四、五回くらいは喋りましたよ。それでも」
「四、五回っ?」
素っ頓狂に叫んでしまったジェイスに、クレメントはまたも「ええ」と笑う。
「あり得ねえ……。実の母親だろーがっ!」
「まあ、そうですねえ。けれど母上は病弱で、僕は一緒に住んでいませんでしたので」
それは、王侯貴族ではよくある事だ。嫡男は特に、跡継ぎとして特別な教育を受けさせられるため、早くから教育係がついて独立させる。
母親が病身であれば、尚更、早く手元から引き離してしまう。
が、それにしても、産みの母との会話が年に四、五回というのは、ちょっと少な過ぎる気がする。
「儀式や国賓がいらした時には、もちろん顔を合わせましたし話もしました」
「そりゃ、そーだろうけどさ」
「基本的に、先程のジェイスの言葉ではないですが、母上は、興味を持った物事に、何でも固執する僕の性格がお好きでなかったようですし」
「それは、俺は……」
五日も前の些細な出来事を気にしていたのに驚いただけで、別に、クレメントの性格は嫌いではない。
いや、むしろ、気に掛けてくれていたのは、もしかしてクレメントも自分に興味を持っていてくれたのかと思い、とても嬉しい。
言い掛けて、だがジェイスはその先は止めた。
「どうかしました?」
試すようなクレメントの眼差しに、ジェイスは少し赤くなって「いや」と横を向いた。
ジェイス・・・厨ボーか・・・