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レクからサゼを抜けフィアス属領ハイライへと至る道は、山道ではあるがよく整備されている。
馬で急げるだけ急いでレクとサゼを通過すると、いよいよハイライへと入る道になった。
大きな街があり森も切り開かれているサゼやレクとは違い、ハイライは深い森の中に小さな町や村が点在している。
良質の木材を育て輸出して生計を立てているハイライは、なるべく森林面積を大きく取るため、町を最小限の大きさに止めているのだ。
樹木が多く、樹影が濃ければ、妖魔の出没頻度は必然的に高まる。
ボガードなどは、深い薮や灌木を隠れ蓑にする。
そういった妖魔の出没を抑えるために、ハイライの林業者は、下草苅りや間伐はまめに行っていた。
下草や灌木の手入れは、森の木を大きく育てるためにも必要だ。
「こっから先は徒歩で行こう」
ジェイスの提案で、サゼ最後の駅舎で一行は馬を降りた。
乗馬で妖魔に襲われた場合、応戦するより先に恐怖で暴れ出す馬の背から落ちる方が恐い。
国境に到達すると、サッドの男達が言っていた通り、サゼの騎士団に出くわした。
「キリアン伯っ!」
小さな監視小屋の周辺に集まっていた騎士の一人が、ジェイスを見付けて駆け寄って来た。
サゼは、古くからランダスとは親密な国である。
伝説となったティルス王の母も、当時のサゼ大公の姉であった。そういった縁で、両国は互いの国情に非常に詳しい。
駆け寄って来た騎士と、ジェイスは特に顔見知りではない。が、サゼの騎士ならランダスの騎士団とは頻繁に交流があるので、何処かで出会っているのだろう。
「どちらに行かれるのですか?」
髭面の屈強そうな騎士は、心配そうに尋ねる。
「ここから先は危険です。最近、妖魔が普段の倍以上出没するようになって——」
「ああ、そのことならレクでも聞いた。でも、ちっと急ぎの用なんだ」
「しかし……」
「通行止めを、しているのですか?」
横からのクレメントの質問に、騎士は「いいえ」と首を振った。
「特には。しかし危険な事は通行人に話しています。出来れば引き返して頂きたいと」
「それは出来ねえな」
「そうですか……。ならばくれぐれもご用心下さい」
騎士は一礼して監視小屋へ戻った。
ジェイス達は街道へ戻り、ハイライへ入った。
道は急に細くなり、沿道に巨木が並ぶようになる。
「すっごい。サゼとは全く違うわね」
ニーナミーナが、迫るように生えている巨木を見上げながら言った。
「この道を馬で走るのは、ちょっと勇気がいるわね」
「荷物を運ぶのも一苦労だな。これだけ道がでこぼこだと」
ジェイスも、道を横切る太い木の根に、感心すると同時に困惑する。
「……それにしても、大きな木ねえ」
「ニーナミーナ、あんまり上ばかり見てると、木の根に躓くよ」
心配そうに彼女を振り返るパッドが、逆に木の根に足を取られる。
「おっと」
隣を歩いていたジェイスが、素早く青年の腕を掴む。
「あっ、すいませ……」
「なあによ、私よりパッドの方が危ないじゃない」
黙って見ていたシェイラとクレメントが、揃って苦笑した。