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地下迷宮の女神  作者: 林来栖
第五章 山の民
52/153

7

 レクから公国ミュシャへ少し寄った辺りは、コルーガ山地でも一番魔物が多く出没する。この周辺は、切り立った岩場が多く妖魔が住処とし易い洞窟が幾つもある。

 妖魔が出没するので、付近には獣の気配がない。

 一際突出した岩場の上に、アーカイエスは立っていた。

 山の天候は変わり易い。つい先程まで薄曇りであったのに、今は雷雲が上空を覆い始めている。

「……さっさと済ませた方がいいな」

 アーカイエスは、黒雲の掛かり始めた空を見上げ、呟く。

 岩場の下は針葉樹と照葉樹の入り交じった森である。

 陽の光りが差し込まぬ深い森には、昼間でもボガードやユガーが徘徊している。

 足下へ目を転じたアーカイエスは、危険が潜む緑の海の中へ、微塵の躊躇いも見せずひらりと身を躍らせた。

 落下しながら浮遊の魔法を唱える。長身は、見えない羽に支えられ、ゆっくりと森の底へと降りる。

 以前から時間を見付けては、山中で探し物をしていた。彼等ノルン・アルフルが近くに来ると、妖魔は闇の『気』に反応して活発になる。

 昼には出歩かぬボガードやユガーが一日中徘徊するようになるのも、そのせいだ。

 予想した通り、彼が降り立つとすぐに薮の中から妖魔が数匹、躍り出て来た。

 手に小剣を持ったボガードは、威嚇の咆哮をしながらアーカイエスに迫る。

 妖魔にとっては、人間もノルン・アルフルも同じ『獲物』でしかない。

 妖魔の鳴き声は、人間に恐怖を抱かせる。

 だが、ノルン・アルフルの血を濃く受け継いだアーカイエスには、彼等の咆哮など小鳥のさえずりに等かった。

 自分達の声に寸分も怯まないどころか、余裕の笑みさえ浮かべている無謀な人間に苛立ち、ボガードが一斉に襲い掛かる。

 小剣の切っ先がアーカイエスの身体に届くかと思われた瞬間。

「——火霊召還」

 妖魔達の眼前に炎の楯が出現した。

「おまえ達の相手をしている暇は、私には無い」

 ボガード達は、突然現れた炎に怯む。アーカイエスは指を鳴らすと、火の精霊に妖魔達を襲わせた。

 楯がうねり、たちまちボガード達をその舌に巻き込む。

 火だるまとなり、悲鳴を上げて地に転がる妖魔を無視して、アーカイエスは奥の薮へと入って行く。

 そこには、先鋒の戦いの様子を窺っていたボガードがまだ数匹、隠れていた。

 アーカイエスが近付くと、彼等は一目散に逃げ出そうと後ろを向いた。

「止まれっ。……主の命に従え」

 術ではない。ノルン・アルフルの身体に流れるノルオールの血が持つ圧倒的な『闇』の気が、妖魔の動作を一言で拘束する。

 ボガード達は己の意志に反し、その場に留まる。

 アーカイエスは、醜悪な顔を更に醜く歪めて怯えるボガードに、満足げな笑みを見せた。

「いい子達だ。——では、おまえ達がこの世界に最初に現れた場所へ、連れて行って貰おう」

 ゆっくりと、魔導師の呪縛を受けた妖魔が歩き出す。

 ボガード達が彼を連れて行った場所は、薮からそんなに離れた所ではなかった。

 そこは巨大な一枚岩をくり抜いた、古い祠だった。

 祠の両開きの扉は片側が壊され、中から妖魔の呻き声が聞こえて来る。

 妖魔が最近出入りしたのが、正面にびっしり生えた蔓性の植物が引き千切られた跡が、まだ新しいことで分かる。

 アーカイエスはボガード達をその場に待たせ、蔓を潜った。

 祠の中へ入ると、奥から淡赤色の光が漏れて来ている。黒い魔導師はその光に薄く笑った。

「やっと探し当てた。これで、我が積年の望みが叶う」

 これまで訪れた山中の祠には、彼の探すものは無かったり、あっても既に役に立たなくなっていたりした。

 完全に使用出来るものとして、これは最後かもしれない。

「失敗は、許されんな……」

 呟いて、アーカイエスはゆっくりと光の方へと進んで行った。

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