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「なんてこった」ジェイスは溜め息をついた。
予定していた道程、サゼからアストランスの森の新都までは、コルーガ山地の裾野でなだらかだが、森が深く、山地ほどではないが妖魔が多く出没する。
そのルートより、さらに妖魔の少ないハイライへの道が危険と言うのならば、取るべき方法はひとつしかない。
しかし。
「ここからランダスへ引き返すってのは、どうにも時間が掛かり過ぎだな」
「そうですねえ」
クレメントが腕を組む。
「何とか、なりませんかねえ」
クレメントが、サッド族の男達をちらりと見た。
灰茶の毛の帽子の男は、クレメントの意図に気付き、渋面を作った。
「おまえ達は山道を通る積もりか? 死ぬ気か?」
「どうしても、急ぎロンダヌスへ行く用があるんです。道案内をお願い出来ませんか?」
「駄目だ」
男は手を振った。
「サッドでさえ通るのが大変なんだ。慣れない者を連れてなど、無理だ」
「そこを何とか……」
「クレメント」
ジェイスが止める。
「彼等が駄目と言ったら、駄目だ。他の方法を考えよう」
「そう、ですか……」
いかにも残念そうに、クレメントは項垂れる。
男とはいえ絶世の美人が悲しげに俯く姿に心を動かされたのか、年嵩の男が言った。
「……リムなら、道案内を出来るかもしれない」
「リム?」
「岩ノ上部落の長老の孫だ。年は若いが強いガーディアンを持っている」
「ガーディアン……?」
シェイラが聞き返した。
「俺達は妖魔と戦うためにガーディアンを使う。ガーディアンは使う者の気力によって強さが違う。リムのガーディアン以上のは、俺達の中では見た事が無い」
「そのリムさんには、何処へ行けば会えますか?」
だが、男達は分からないと答えた。
「サッドは獲物を求めて山の中を彷徨う。長い時は三か月、四か月と。今、リムが何処を歩いているのかは、山の精霊でも分からない」
サッド族の男達はそれだけ言うと、額に人さし指と中指を当てる、彼等独特の挨拶をして店を出て行った。
「岩ノ上部落のリム……か」
男達の背中を見送りながら、ジェイスは呟いた。
「けど、以外と旨く情報が入りましたね」
先程の打ち萎れた表情とは打って変わって、いつもの微笑で見上げてくるクレメントを、ジェイスは驚いて見る。
「何だって?」
「妖魔がどれくらい増えているのかは、サッド族の動きで分かりました。彼等がハイライ回りをする程となれば、相当な数です。けど、中にはそれをものともしないサッド族もいる、と。という事は、対処の仕様はあるという事です」
「って言ってもなあ、あっちは山の専門家、こっちはド素人だぜ?」
ジェイスの苦言に、クレメントは真面目な顔で頷く。
「ええ、確かに。出来れば妖魔の大群なんかに出くわしたくはありません」
「こっちの都合通りにはいかんさ。……サッド一のガーディアンの持ち主、か」
「何処かで、何とか会えませんかね……」
「さあな。奴らが無理ってんだから、無理かもな。もし、山中の街道で行き会えたとしたら、それこそウォーム神のご加護かもよ」
二人の話が一区切りついたのを見計らって、シェイラが店の奥へと動く。
「とにかく、買い物済ませましょ。フィアスも危険だっていうなら、なおさら薬は必要だし」
冷静な提案に、男二人は黙って頷いた。