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「ところで、さっき言ってた、魔法石を盗むのは無理っていうのは何故なの?」
「ああ、それはですね、あの小箱には帰還の呪文が掛かっているんですよ」
「帰還の呪文?」
魔法は使えないので、当然ながら聞き覚えのない言葉に、ジェイスは首を捻る。隣でシェイラは「ああ」と手を打った。
「大切なものに掛けておけば、盗まれたり何処かに置き忘れたりしても、その品は必ず手もとに帰って来るっていう魔法よ。——っと、それを知ってるって事は、あなた、魔導師?」
「まあ、端くれではあります」
短く答えたクレメントに、シェイラはふうん、と、うさん臭げな顔で頷いた。
「でも、帰還の呪文は、古代語魔法でも中級で、現在の魔導師で呪文を使える人は少ないって話だけど?」
表情と、語尾が強くなるシェイラの口調に、ジェイスは、彼女もクレメントを曲者と睨んでいるらしいと分かった。
「そうですね。過去、多くの強い魔力を持った魔導師を排出したロンダヌスでも、古代語魔法を使いこなせる魔導師は、もう幾人もいません。
この小箱に帰還の呪文を掛けたのは、七賢者のケイト・クリスグロフだと聞いています。ケイトの他に、アルクスク大神官が神聖魔法の選別の呪文も掛けているそうで、魔力の無い者、また神聖魔法が使えない者が蓋を開けようとしても、開けられません」
「……本当に詳しいのね」
あからさまに疑いの響きを含ませたシェイラの相槌に、クレメントは、だが、しれっとした表情で答えた。
「ロンダヌスの王宮図書館には、以上のような伝記の書物が、山とありますから」
「って事は、あんた、宮廷魔導師か?」
ジェイスの質問に、クレメントは一瞬、銀の美しい瞳を見開いた。が、すぐに作り笑いに戻した。
「ええ……、そんなところです」
この美しい若者が泣く様子は、どんなにか甘く切ないだろう、という余計で不埒な思いが、瞬間ジェイスの頭に浮かぶ。
男色の素養は、自分には決してない、とジェイスは思っている。
だのに。
降って湧いた自分の妄想に狼狽えて、ジェイスは思わず、焦げ茶の瞳を天井に向ける。
「あー、と」
「なに、変な声出してるの?」
シェイラに聞き咎められた直後、正面入り口がどやどやと騒がしくなった。
両開きの白い木製の扉が大きく開かれ、三十人程の人間が堂内へと入って来た。
地方からやって来たウォーム信者のようだった。老若男女混ざっているが、皆揃いの白木の杖を持ち、やはり揃いの生成りの七分丈袖の上着を着ている。
先頭の、中年の地方神官が、ドーム型の礼拝堂一杯に響くどら声で、一同に指示を出した。
「はいっ、正面祭壇に参りますっ! 列を作り順序良く進みましょうっ!」
信者達は楽しげにしゃべりながら、ずんずんと三列横隊で祭壇に進んで来た。
「はいっ、先の方、ちょっと申し訳ありませんが、我々にも礼拝させて頂けませんかっ?」
人の列と、神官のどら声に圧倒されて、ジェイス達は場所を明け渡した。
右の壁側へ移動しながら、ジェイスは、ふと、一団の最後尾に目が行った。