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ジェイスは寝台を滑るように降りると、クレメントの側へやって来た。
「眠れないのか?」
「あなたこそ……。起こしてしまいましたか?」
「いや」
ジェイスは短く返すと、クレメントの寝台の端に座った。
「昔の、夢を見ててさ」
「奇遇ですね。僕もです」
ジェイスは、王太子の美しい貌を覗くように「どんな?」と尋ねた。
「母の、夢です。……ここ何年も見なかったのに、昼間話に出たからでしょうか」
「……悲しい夢、だったんだ?」
どうしてそんな事を聞くのか、と僅かに眉を寄せるクレメントの頬に、長く太い指が触れた。
「泣いた跡が、あるぜ?」
優しく暖かい感触に、愛しさと安堵が沸き上がる。と同時に、何故かまた涙が出そうになる。
クレメントは、頬をそっと撫でる男の指を、細い指で止めた。
「涙なんて、もう出ないと思っていましたのに」
遠い昔に忘れたと思っていた。
母に愛されたいと願い、だがそれは、ついに叶えられなかった。
臨終の際にあっても、母は自分に会おうとはしなかった。
母が亡くなって王宮に呼ばれたのは、母の身体が葬儀の棺に移され、葬祭殿に安置された後だった。
棺に納まった、蝋人形のような母を見たその時、幼いクレメントの心の中で、母親への思慕は音を立てて崩れた。
それ以来、泣いたことなどついぞ無かったのに。
あの夢は、母が亡くなったと同時に見なくなっていたのに。
「悲しい事は、いくつになっても悲しいんじゃねえの? 何なら話してみな。俺でよけりゃ聞くぜ」
ジェイスの言葉に、はっとする。
そうなのかもしれない。忘れていたふりをしていただけで、心の奥では、今でも自分は母の愛情を探して泣いているのかもしれない。
空しさが、心臓を掠める気がした。
「……いいえ。もう大丈夫です。ご心配お掛けしました」
薄く微笑んで、手を離す。
本当にもう、昔の事なのだ。今、誰かに語ったところで、失われた者への気持ちは行き場など無い。
ジェイスは、何か言いたげにクレメントの頬に置いた手を少し彷徨わせたが、黙って引っ込めた。
「おやすみ」
赤茶の髪を揺らして、偉丈夫が立ち上がる。
「おやすみなさい」
と、返して、クレメントは寝台へ横たわった。
ジェイスに触れられた頬が、ほんの少しだけ、熱い。
指先でその部分に触りながら、クレメントは、ジェイスへの愛しさが亡き母への悲しみをゆっくりと押し流していくのを感じた。
安堵感が、心に広がる。
目を閉じたクレメントは、二度と母の夢は見なかった。
クレメントが泣いているのに・・・!!
恋する男としては絶好のチャンスっ!! のはずが。
ジェイス、以外と根性無し、かもです(汗)