表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
地下迷宮の女神  作者: 林来栖
第五章 山の民
49/153

4

 ジェイスは寝台を滑るように降りると、クレメントの側へやって来た。

「眠れないのか?」

「あなたこそ……。起こしてしまいましたか?」

「いや」

 ジェイスは短く返すと、クレメントの寝台の端に座った。

「昔の、夢を見ててさ」

「奇遇ですね。僕もです」

 ジェイスは、王太子の美しい貌を覗くように「どんな?」と尋ねた。

「母の、夢です。……ここ何年も見なかったのに、昼間話に出たからでしょうか」

「……悲しい夢、だったんだ?」

 どうしてそんな事を聞くのか、と僅かに眉を寄せるクレメントの頬に、長く太い指が触れた。

「泣いた跡が、あるぜ?」

 優しく暖かい感触に、愛しさと安堵が沸き上がる。と同時に、何故かまた涙が出そうになる。

 クレメントは、頬をそっと撫でる男の指を、細い指で止めた。

「涙なんて、もう出ないと思っていましたのに」

 遠い昔に忘れたと思っていた。

 母に愛されたいと願い、だがそれは、ついに叶えられなかった。

 臨終の際にあっても、母は自分に会おうとはしなかった。

 母が亡くなって王宮に呼ばれたのは、母の身体が葬儀の棺に移され、葬祭殿に安置された後だった。

 棺に納まった、蝋人形のような母を見たその時、幼いクレメントの心の中で、母親への思慕は音を立てて崩れた。

 それ以来、泣いたことなどついぞ無かったのに。

 あの夢は、母が亡くなったと同時に見なくなっていたのに。

「悲しい事は、いくつになっても悲しいんじゃねえの? 何なら話してみな。俺でよけりゃ聞くぜ」

 ジェイスの言葉に、はっとする。

 そうなのかもしれない。忘れていたふりをしていただけで、心の奥では、今でも自分は母の愛情を探して泣いているのかもしれない。

 空しさが、心臓を掠める気がした。

「……いいえ。もう大丈夫です。ご心配お掛けしました」

 薄く微笑んで、手を離す。

 本当にもう、昔の事なのだ。今、誰かに語ったところで、失われた者への気持ちは行き場など無い。

 ジェイスは、何か言いたげにクレメントの頬に置いた手を少し彷徨わせたが、黙って引っ込めた。

「おやすみ」

 赤茶の髪を揺らして、偉丈夫が立ち上がる。

「おやすみなさい」

 と、返して、クレメントは寝台へ横たわった。

 ジェイスに触れられた頬が、ほんの少しだけ、熱い。

 指先でその部分に触りながら、クレメントは、ジェイスへの愛しさが亡き母への悲しみをゆっくりと押し流していくのを感じた。

 安堵感が、心に広がる。

 目を閉じたクレメントは、二度と母の夢は見なかった。

クレメントが泣いているのに・・・!!

恋する男としては絶好のチャンスっ!! のはずが。


ジェイス、以外と根性無し、かもです(汗)

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ