3
その夜、クレメントは昔よく見ていた夢の中に、久々に迷い込んだ。
……その扉は、どんなに叩いても開く事はない。
分かっているのに、でもその前に立ってしまう。
——母上、お加減が良くないと伺いました。クレメントです、開けて下さい。
小さな自分の手には、離宮の庭で咲いた野の花が握られている。
——母上。
天窓の明かりで仄明るい奥殿の廊下には、王妃の部屋から漏れる薬湯のにおいが漂っている。
しばらく待っても、中からの返事は無い。
クレメントは、背の高い白い扉を見上げる。
——はは……、うえ。
力無くもう一度呼び掛けた時、王妃付きの侍女頭の、震える声がした。
——離宮にお戻り下さい。王妃様は殿下にはお会いになりたくないと、申されております。
——でも……
——何度お出でになられても、王妃様はお会いにはなられません。どうか、離宮にお戻りを。
花が、手から滑り落ちる。
分かっていること、分かって、いたこと。
母上は、僕がお嫌いなんだ。魔法が使えるから。
魔力が強いから。みんな、壊してしまう、から……。
なら、僕の魔力が無くなれば、母上は僕に会って下さいますか? 僕を抱き締めて下さいますか? 妹と同じように、頬にキスして下さいますか?
笑い掛けて、下さいますか……?
母上、ははうえ、ハハウエ——
若緑の髪が、風も無いのに緩く天井へ向けて逆立つ。
溢れる悲しみが、白い扉の表面に無数の亀裂を走らせる。やがて、軋む音と共に、白い扉が破壊される。
中から女達の悲鳴がする。
薬湯のにおいの立ちこめる室内に、凄まじい気流が流れ込む。
王妃の、母の金切り声が響く。
——化け物っ! わたくしは、そなたのような化け物を産んだ覚えはありませんっ!
化け物。
僕は化け物なんだ。僕は、魔力の化け物なんだ。
恐怖に見開かれた、母の銀の目が自分を見詰めている。
——何処かへ消えてっ!
母が、柔らかな羽枕を自分に向かって投げ付ける。気流が邪魔をして、枕は寝台の下へと落ちる。
——兄上っ、やめてっ!
ユフィニアの声がした。小さな妹が、果敢にも自分を止めにやって来る。小さな両手が、肩に掛かる。
——やめて下さいっ! みんな死んでしまうっ!
——ユフィニア。
クレメントは、自分の頬に涙が伝っているのを感じて目が覚めた。
手で触ると、枕まで濡れている。
「何で今更……」
呟いて苦笑すると、彼は上体を起こした。
ぎしりと、古い木製の寝台が重みで軋む。
月明かりがあるのだろうか、宿屋の窓から薄い明かりが入って来ている。
三人部屋の、一番奥の寝台に寝ていたクレメントは、隣の寝台をそっと覗く。
パッドは、彼が起き上がったのには全く気付かずぐっすり眠っている。
ほっと息を吐いた時。
向こう隣の寝台がもそりと動いた。
「……どうしたんだ?」
低い声で、ジェイスが尋ねた。
薄明かりに浮かぶ大柄な身体が、起き上がった。