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地下迷宮の女神  作者: 林来栖
第五章 山の民
48/153

3

 その夜、クレメントは昔よく見ていた夢の中に、久々に迷い込んだ。

 ……その扉は、どんなに叩いても開く事はない。

 分かっているのに、でもその前に立ってしまう。

 ——母上、お加減が良くないと伺いました。クレメントです、開けて下さい。

 小さな自分の手には、離宮の庭で咲いた野の花が握られている。

 ——母上。

 天窓の明かりで仄明るい奥殿の廊下には、王妃の部屋から漏れる薬湯のにおいが漂っている。

 しばらく待っても、中からの返事は無い。

 クレメントは、背の高い白い扉を見上げる。

 ——はは……、うえ。

 力無くもう一度呼び掛けた時、王妃付きの侍女頭の、震える声がした。

 ——離宮にお戻り下さい。王妃様は殿下にはお会いになりたくないと、申されております。

 ——でも……

 ——何度お出でになられても、王妃様はお会いにはなられません。どうか、離宮にお戻りを。

 花が、手から滑り落ちる。

 分かっていること、分かって、いたこと。

 母上は、僕がお嫌いなんだ。魔法が使えるから。

 魔力が強いから。みんな、壊してしまう、から……。

 なら、僕の魔力が無くなれば、母上は僕に会って下さいますか? 僕を抱き締めて下さいますか? 妹と同じように、頬にキスして下さいますか?

 笑い掛けて、下さいますか……?

 母上、ははうえ、ハハウエ——

 若緑の髪が、風も無いのに緩く天井へ向けて逆立つ。

 溢れる悲しみが、白い扉の表面に無数の亀裂を走らせる。やがて、軋む音と共に、白い扉が破壊される。

 中から女達の悲鳴がする。

 薬湯のにおいの立ちこめる室内に、凄まじい気流が流れ込む。

 王妃の、母の金切り声が響く。

 ——化け物っ! わたくしは、そなたのような化け物を産んだ覚えはありませんっ!

 化け物。

 僕は化け物なんだ。僕は、魔力の化け物なんだ。

 恐怖に見開かれた、母の銀の目が自分を見詰めている。

 ——何処かへ消えてっ!

 母が、柔らかな羽枕を自分に向かって投げ付ける。気流が邪魔をして、枕は寝台の下へと落ちる。

 ——兄上っ、やめてっ!

 ユフィニアの声がした。小さな妹が、果敢にも自分を止めにやって来る。小さな両手が、肩に掛かる。

 ——やめて下さいっ! みんな死んでしまうっ!

 ——ユフィニア。

 クレメントは、自分の頬に涙が伝っているのを感じて目が覚めた。

 手で触ると、枕まで濡れている。

「何で今更……」

 呟いて苦笑すると、彼は上体を起こした。

 ぎしりと、古い木製の寝台が重みで軋む。

 月明かりがあるのだろうか、宿屋の窓から薄い明かりが入って来ている。

 三人部屋の、一番奥の寝台に寝ていたクレメントは、隣の寝台をそっと覗く。

 パッドは、彼が起き上がったのには全く気付かずぐっすり眠っている。

 ほっと息を吐いた時。

 向こう隣の寝台がもそりと動いた。

「……どうしたんだ?」

 低い声で、ジェイスが尋ねた。

 薄明かりに浮かぶ大柄な身体が、起き上がった。

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