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コルーガ山地は、パンドール大陸の中央を東西に横切る巨大な山岳地帯である。
山地には、四つの公国と東の国フィアス連合国の一部、山岳民族の村が点在している。
街道と呼べる道は、ランダスからアストランスの南西部の都市である森の新都を通りフィアスの首都へ入るものと、レク、サゼ両公国を抜け、やはりフィアスへと向かうものの二本である。
ランダスからレクを通りロンダヌスへ抜ける道は、あるにはあるが非常に険しい山道の上に、森林が深く妖魔の出没が頻繁である。
この山道を抜けるには、余程の剣の腕か強い魔力を持つ者でなければ無理だ。
さらに、山岳民族、特に特殊な術を操るというサッド族の道案内は、絶対に必要である。
カスガの館から馬で二日、五人がレクの首都ミルガルトの駅舎に着いたのは、もう夕方だった。
レク、サゼといったコルーガの公国は、どれも祖先に神を持たない。そのため、新年の祭の間、城や民家に掲げられるのは、神々の旗ではなくそれぞれの国の国旗である。
しかしそれも、昨日の夏節祭期間終了と共に外されていた。
ジェイス達は駅舎近くの大きな宿屋に部屋を取った。
宿の一階は、どの国の場合もそうだが食堂兼居酒屋である。ジェイス一行もそこへ夕食を食べに降りた。
「サッド族が来てればいいんだけどなぁ」
ジェイスは、仄暗いランプの明かりの中、宿の泊まり客や一杯飲みに来た近所の者でごった返す酒場を何気なく見回す。
近くに五人分の席を見付けて確保したパッ
ドが、「こっちです」と声を掛けた。
神殿での案内役の時もそうだったが、パッドは細かい所に気が回る。
ジェイスは、クレメントに椅子を引き座らせると、自分はその隣へ腰を下ろした。
ジェイスの正面に座る格好になったパッドが、おずおずと尋ねてきた。
「ジェイス……、さんは、サッド族と会った事があるんですか?」
どうにも改まらない若い騎士の物言いに、ジェイスは苦笑した。
「だから、ジェイスでいいって。……ああ、サッド族には、以前親父に付いて山越えした時に道案内を頼んだんだ。俺がまだ十一かそこらの時だけどな」
「何故、山越えを?」
クレメントが訊く。
「あの時は確か、ロンダヌスへ行くため——今回とおんなじだなあ、王妃様が亡くなったって事で、その弔問の使者に俺の親父が立ったんだ」
ジェイスは、そこでそれがクレメントの実母である事に思い至る。申し訳ない話をしたかと、彼はちらりとロンダヌスの王太子の顔を見た。
が、ジェイスの心配に反して、クレメントは至極淡々とした面持ちをしていた。
「……母が亡くなったのは、僕が九歳の時でした。でもお気遣い無く。割と情の薄い親子関係でしたので、当時も今もそんなに悲しくはありません」
それより、と、ジェイスが自分の過去を深く尋ねるより先に、クレメントは話題を戻す。
「山越えするには、やはりサッド族の方に案内をお願いした方がいいのですか?」
「う? ああ。山地には平野の倍以上の魔物が出る。ボガードにユガー、それにライカンスロープまで。人狼は厄介だぜ、力は強いし噛まれるし。おまけに動きが速い。サッド族はそれぞれ妖魔を従えていて、そいつらがライカンスロープなんかをやっつける。凄くつええぞ、その妖魔は」
「妖魔使い、ですか……」
クレメントが思案気に俯く。
「サッド賊は山の獣を捕って、その毛皮や角を街で売る。だからレク辺りにはしょっちゅう来てるって言ってたんだけどな……」
どうやら、今はいないようである。
もう一度見回して、ジェイスは溜め息をついた。