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そこから程なくして、カスガの館へ着いた。
館は、思っていたよりもこじんまりとした建物だった。
フィルバディアの焼けた煉瓦を再利用したらしい壁は、色もまちまちで、所々欠けて落ちている。
窓の数から察して部屋数は僅かに四部屋、かの有名な七賢者の館とは思えないくらい小さい。
一行は馬を降り、館の前の馬繋ぎに手綱を結わえた。
正面玄関には兵士が二人と騎士が一人、警備に当たっている。
ジェイスとシェイラが騎士に近付いた。
「中を入れて貰えるか?」
騎士はジェイスの顔を見て、相手が誰だかすぐに分かったようである。快く承諾した。
館は、玄関ホールなどはなく、扉を開けるとすぐに書斎だった。
壁一面が書棚となっていて、ぎっしりと魔道書やその他の書物や巻いた羊皮紙で埋まっている。
入り口の正面の書棚の前に大きな文机があり、その上にも書物が幾つか乗っていたのだろうが、今は床に転がっていた。
床に散乱していたのは、書物だけではなかった。
様々な書類、筆記用具、引き出し、置物などまでが、壊れたり転がったりしている。
「こりゃ凄いな」
足の踏み場も無い程に荒れた部屋に、全員が驚いた。
が、一番驚いたのは警備の騎士だった。
「これは一体……?」
「恐らく盗人でも入ったんだろうさ」
ジェイスの言葉に、パッドと同じくらいの年頃の騎士は首を振った。
「そんな事はあり得ません。我々が毎日毎晩、周囲の警護に当たっておりますから。賊が忍び込む物音や人影などが見えたら、絶対に見逃したりはしませんっ!」
「では、魔法で忍び込んだのでしょう」
クレメントは、部屋の周囲をゆっくり見回した。案の定、リトの魔法陣に残っていたものと同じ魔力の気配が、僅かに残っている。
「この館には魔法防御が一切掛かっていませんから、魔力のある魔導師なら簡単に入れます。そして、僕達が追っている人物も、強大な魔力を持っているであろう、魔導師です」
「そんな魔導師が……、どうしてこの館に?」
「探し物は、魔法石よ」
ニーナミーナが腰に手を当てる。
「でも、これだけ探し回っても、ここには無かったって訳ね」
「しかし、手掛かりは見付けたようですね。……そこに」
クレメントは、文机の隣の、机と同じ高さのチェストの側へ寄った。
チェストの上には、水の入った銀の水盆が置かれ、その中に大人の拳大の大きさの水晶球が入っている。
クレメントは水盤の上に手を翳した。と、白い光が、水晶球から発する。
光の一筋が立ち上がり、横に広がると、灰色のローブを着た中年の魔導師の姿になった。
水晶に閉じ込められていたカスガの影は、にやりと痩せた顔を歪ませる。
「この水晶の魔法書を見る事が出来たあんたは、恐らく相当の魔力を持ってるだろう。そこで、あんたに頼みがある。イリヤ神殿にある私の魔法石『颯』を、カスタの遺跡へ持って行って欲しい。
あれは、持ち出すべきではなかった。何のために作られたのかもよくわからないのに、我等は無謀にもあの石を砕いてしまった。そのために無用の戦いも起きた。
私の石ひとつ返したところでどうにもなるものではないが、どうか、出来れば願いを聞いてくれ。石は、神官長の執務室の隣にあるらしい。
カスタ遺跡で魔法石が置かれていたのは、遺跡中心から東に少し寄った、地下通路に面した一部屋だ。どうか、頼む。
……私は、これからファーレンに会いに行く。さらばだ」
ふっと、カスガの影が消えた。
「これを、賊も見たって事か……」
ジェイスの呟きに、クレメントが「そうですね」と頷く。
「どうして見終わったあと壊さなかったかは謎ですが。でもこれで、僕も知りたかった情報が聞けました」
「情報って?」
「魔法石が、元々カスタの遺跡のどの辺りにあったか、です。地下通路、という事は、ライズワースは地下に呪文発動の迷宮を造ったという事になります」
「ライズワースの地下迷宮って、何?」
初耳な話に、顔の真ん中に大きなハテナをくっつけているニーナミーナに、シェイラは片目を瞑った。
「後で教えてあげる」
ライズワースの地下迷宮。
核心は、まだまだ先です(汗)




