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ヴィードからフィルバディアまでは馬で小一時間である。王都の南門から真っすぐ南へ、五人は馬を進める。
陽が高くなり始め、朝は少し冷えていた風が蒸し暑さを含み始める。
街道を行く荷運びの男達が、首に掛けた布で汗を拭いている。
やがて、なだらかな林の丘を降りた辺りに街の跡らしき風景が見えて来た。
「ここが、フィルバディアですか……」
更に近付き、廃墟に焼け焦げた跡があるのを、クレメントは複雑な表情で見詰めた。
二百年前。
当時まだ少年であったティルス・アーバイン王は、炎の魔女ファーレン・レイムの凄まじい魔法の炎によって焼け落ちる城から、従者二人と共に逃げ延びた。
ファーレンの炎はフィルバディア城のみならず、王都の半分を舐め尽くしたという。
火に焼かれ、あるいは攻め寄せたアストランス兵に殺された人々の遺体は、累々と中央広場を埋めた。
生き残った人々は、家族親族の遺体を収容する暇も無く、ヴィードへと逃げ出した。
数日後、焼かれた街は、今度は国土を奪還するべく戻った王を助けたケイト・クリスグロフの水の魔法で、大量の水攻めに遭う。
駐屯していたアストランス兵の大半が流され、市の外れに集められていた市民の遺体は、水の勢いに千切れ、あちこちに散乱したという。
火と水。二つの強力な魔法によって荒らされた街は、もはや人が住めるまでに回復するには膨大な資金と時間が必要な有り様になってしまった。
そのために、ティルス王は王都を捨てたのだ。
クレメントは、フィルバディアの廃墟を進みながら、改めて魔力の功罪を強く感じた。
ファーレンの魔法は無論罪だが、国を奪還するために必要だったケイトの魔法も、果たして本当に適切だったのだろうか……?
ここには、新年を祝う賑わいも、人の息遣いさえ感じられない。
夏草が、壊れた土塀の側から生え風に揺れるのを見遣り、ロンダヌスの王太子は深く溜め息をついた。
「どうした?」
やや後ろに付いていたジェイスが、彼の溜め息に気付いて声を掛けて来た。
「何か、気が重そうだな」
「いえ……」
クレメントは、薄く笑って首を振った。
「フィルバディアは、元の名をティリア・ミラと言ったそうですね」
「ああ。何でも古代語で『王の冠』って意味だってな」
「そうです。それ程美しい都だったのでしょう……」
今は見る影も無いが。
クレメントが言わなかった言葉を、ニーナミーナが言った。
「今は惨澹たるものね。当時の人達の苦悩が伝わる気がするわ」
王都としての役割を捨て二百年。
ほぼ灰燼と化した街は、それでもここ四、五十年で周辺から人々が集まり、僅かだが街の一部に住み着いている。
北門から廃墟の中を歩いて来た彼等は、そんな人々が建てた新しい家並みの前を通る。
粗末な家々の前に、それでもイリヤの旗が立てられているのに、クレメントは少しほっとした。