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彼等の話に割り込んで来たのは、にこやかな笑顔を浮かべた若者だった。
年齢は二十歳くらいか。ジェイスより頭半分程低いくらいなので、長身の部類である。
両肩から胸元まで細い金糸の刺繍を施した、木の葉模様の透かしの入った夏物の絹の白い長衣を、優雅に纏っている。着衣の良さと身ごなしから見て、貴族か大きな商家の子息であろう。
だが、ジェイスの目を最も引き付けたのは、彼の服装ではなく容姿だった。
肩まで伸ばした髪は若緑色、笑みに細められた瞳は銀という特殊な色彩の上に、長身の割に細身の身体の上に乗った顔は、絶世の美女としか思えぬ美貌である。
ロンダヌスの王家の始祖は、トール・アルフルの王である。長く続く王家の例に漏れず、古代カスタ王国から続くロンダヌス王家の血筋は、王族貴族のみならず、豪商や庶民にまで広がっている。
トール・アルフルには、眼前の若者のような、人間とは色彩の全く異なる者も多くいる、と聞く。また、飛び抜けて繊細な美貌も、トール・アルフルの特徴であるらしい。
らしい、というのは、トール・アルフルとその血を継ぐ人間は、このパンドール大陸では2ヶ国にしか居住していないからである。当然ながら、ランダスでトール・アルフルを見掛ける事は、一切無い。
しかし、聞くと見るでは大違いだ。
息を呑む程の美しさが、正に目の前に存在している。
あんぐりと口を開けてしまったジェイスと、同じく声もなく若者を見詰めているシェイラに、若者は微笑を苦笑に変えた。
「すみません、驚かせました?」
「あー……、いや」
声音は間違いなく、柔らかな男声である。にも関わらず、ジェイスは不覚にも顔が赤らんだ。
どうして自分が、男(だと思われる相手)に、ときめきを覚えるのか?
もしかして、眼前の美形は本当は女性なのか?
確かめるべく、ジェイスは若者の顔に、ずいっ、と自分の顔を近付けてみた。
若者は、驚いて逃げる風もなく、笑みのままの銀の瞳に、ジェイスを映している。
微かに、甘い花の香りが、若者の身体から香っている。
「あんた……、本当に男か?」
「ジェイスっ!」
不躾な態度と質問に、シェイラが怒鳴る。が当の若者は嫌な顔をするどころか、にっこり笑顔を更に深めた。
「ええ、一応」
「ごめんなさいっ、不作法な人で」
「いえ。よく聞かれますもんで、今更気にもなりませんので。けど、質問される方の大半は『男です』の答えにがっかりした顔をされます」
「だよなあ。男ならそうだよな」
「もうっ。本当にごめんなさい、名乗りもしないで。あたしはシェイラ、こっちはジェイス。ランダスから来たの」
「僕はクレメントです」
「失礼だけど、ご身分は? もしかして貴族のご子息かしら?」
容姿からすれば、間違いない。トール・アルフルの特徴は、貴族に出易いらしい。
「いえ……。通りすがりの放蕩者です」
が、クレメントは、シェイラの問いに曖昧に答えた。
シェイラとの話の間中、じっとクレメントを見ていたジェイスは、相手が笑顔のままだが目が笑っていないのに気付いた。
何か隠している。
だが、問い詰めても白状するような相手ではなさそうだと思い、この場ではこれ以上追求しないと決める。
ジェイスの人間観察眼は、案外と的を射ている。
というのを、付き合いの長いシェイラはよく知っている。
ジェイスが黙っているのを、相手を探っているからと察知したシェイラは、クレメントの身上から、話を切り替えた。