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翌朝、ジェイスは約束通り早い時間に登城した。
午前八時。この時刻には、だがランダス国王は既に起床している。
通常、国王は六時に起床し、七時に朝食、八時前には執務室へ入り、午前十時に主立った重臣が登城して来るまで、書類などに目を通す。
摂政であるカーライズ公は、ソルニエスの仕事の補佐のため毎日八時には登城している。
それに、ジェイスは同行した。
夏節祭も残りあと二日余り。イリヤ神殿への道には早朝から最後の礼拝をしようと赴く信者が多数、出ている。
その中を、神殿とは逆の方向へと、カーライズ公の馬車は進む。ジェイスは昨夜と同じくシェイラと共に馬車の護衛の騎士と轡を並べ、登城した。
取り敢えず国王に挨拶しようと、兄と共に執務室へ行くと、そこに身支度を調えたクレメントがいた。
「これからはロンダヌスまで徒歩になるので、申し訳ないですが衣服をお借りしました」
ロンダヌスの王太子は、昨日着ていた白い長衣ではなく、長期旅行で官吏が身に着ける、鎧代わりの革のベストにカーキ色の木綿のズボン、そしてベージュのローブを纏っている。
腰には、これも昨日までは持っていなかった長剣を下げていた。
全く地味で目立たない服装であるのに、それが逆にクレメントの特異な髪と目の色を際立たせている。
何を纏っても褪せないクレメントの美貌に、ジェイスは欲望を覚えた。
「そっ……、それ、使えるのか?」
場所と状況も構わず頭を擡げた己の中の『狼』に狼狽え、咄嗟にクレメントを揶揄する。当然ながら、シェイラに思い切り脇を肘で小突かれた。
クレメントは、くすっ、と楽しげに笑った。その顔は、まるで悪戯を仕掛ける小妖精のようにも見える。
「一応は。これでも王太子ですから、剣の稽古はしてますし」
「ああ、そっ、そうだよな」
胸の鼓動が、どうにも鎮まらない。
13、4の子供でもあるまいに、と自分で呆れつつ、笑いが引き攣るのを直せない。
ジェイスの、クレメントに対する想いに、間違いなく気付いているシェイラが、しょうがない、というふうに頭を振った。
「それはそうと」
カーライズ公が、口を挟んだ。
「殿下にはまた急に、ロンダヌスへのご帰国とは……?」
「ええ。考えたのですけれど」
と、クレメントは真面目な面持ちになる。
「賊をこれ以上追い掛け回しても埒があかない気がしまして。これまでに、二箇所の神殿の魔法石がいとも簡単に賊の手に渡りました。残る魔法石で所在のはっきしているものは、ひとつ。
ということは、賊は何がなんでもその石が欲しい筈です。今も奪う機会を待ってランダスに残っているやも知れません。それならばその石を囮にした方が、上手くすれば賊の目論見をも打ち破る事が出来るかもと」
「と、いう事は……?」
眉を寄せた公に、クレメントは頷く。
「ランダスの王の剣を持って、カスタで賊を待ちます」
「それはっ!」
カーライズ公が目を剥いた。
「ランダスの王剣は、余程の大事が無い限り、国外へ出す事は適いませんっ! 第一、囮にとおっしゃるが、それで本当に剣が賊の手に渡ってしまったらどうなさるっ。我が国にあれば、大陸一と自負する騎士団が命を賭して守りますっ。その方がどれ程安全かと——」
「僕も」
ソルニエスが、珍しく公の言葉を遮った。
「クレメント殿下のお考えに賛成です」
ソルニエス11歳。
大胆な王様です。