7
「しかし」
カーライズ公が鉄扉へ近付いた。
「こんな大きな穴を空けるとなれば、例え魔法と言えどかなりな音がしただろう……」
「いえ、それが……」
神官長が、言いにくそうに俯いた。
「誰も、何の音も聞いていないのです。どころか、ここへ出入りした者もおりません。この部屋は、神官が日に二度、掃除と通気のために開ける事になっております。時間は午前十一時と午後三時です。午前中は、通常では他の者は神官学舎の方で修練をしております。私も、神学生を教えるために学舎に行っております。
午後は昼食を挟み、二時から一般の礼拝が始まります。ですので、三時に当番の者がここを開ける時には、この辺りには他に誰も居ないのが通常です。今は夏節祭で午前は皆礼拝所へ出ておりますが、当番の時間は変えておりません」
「では、魔法石が無くなっているのに気が付いたのは、三時の時に?」
「はい。当番の者が部屋に入ったところ、この様な有り様になっていたと」
「本当に、十一時から三時の間にここに誰も来なかったのですか?」
カーライズ公が、神官長に念を押す。
神官長は深く頷いた。
「間違いありません。十一時の時の当番の者は、確かにこの部屋に鍵を掛けて出ておりますし。それに……」
突然、神官長の声を遮るように、部屋の外で怒鳴り声がした。
「離してよっ!」
「止めろってっ! ニーナミーナっ!」
争っている声は、開いていた扉から中へ飛び込んで来た。
「神官長さまっ!」
入って来たのは、若い女性の神官だった。
白い神官服の肩に、癖の強い黒髪が掛かっている。黒目がちの大きな瞳は、いかにも勝ち気そうである。
そのすぐ後ろに、パッド・ローエンが困った顔で立っていた。
パッドがニーナミーナと呼んだその女性神官は、ずかずかと神官長の前へ進んだ。
「どうして私が言った事を、信じて下さらないのですかっ?」
「何の……、何の事だね?」
神官長は、皺の深い顔に困惑を浮かべて彼女を見る。
ニーナミーナは、顔を突き出すようにして言った。
「おとぼけにならないで下さいっ! 今日正午少し前に、神官長はこちらへおいでになってらっしゃいますっ! 私が、お客さまをお取次ぎして、神官長はそのお客さまにお会いになりました。それから、お祭りの礼拝がまだ終わっていないので、お客さまをこの部屋でお待たせするようにと、おっしゃられたんですっ!」
ニーナミーナは、一気にそこまで捲し立てると、苛立った気を鎮めようと大きく深呼吸した。
神官長はおどおどと、彼女の言い分に首を振った。
「いや……、いや。それは違うと、先程も言った筈です。私は、正午に誰も接客していないし、この部屋にも来ていない。
いいですか、ニーナミーナ、あなたの記憶は間違っています」
「いいえっ!」
ニーナミーナは激しく首を振った。
「私は間違っていませんっ! 間違っているのは、神官長、あなたですっ!」
「ニーナミーナっ!」
掴み掛からんばかりの勢いで詰め寄る彼女の肩を、後ろからパッドが押さえた。
「離してってっ! パッドっ!」
「お客さまの前だって!」
「だから何なのよっ! 私は真実を知らせたいのっ!」
「だからって、今は……」
「いいえ。ぜひ真実をお聞かせ頂きたいですね」
二人の言い争いに、クレメントが口を挟んだ。