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「キリアン伯でいらっしゃいますかっ?」
「あ? ああ、そうだけど……」
騎士は、色白の童顔を紅潮させて胸に片手の拳を当てる、武人としての最上級の礼を取った。
「私はパッド・ローエンと申しますっ。先程は火急の事でしたのでご挨拶出来ませんでしたっ! お目にかかれて光栄ですっ!」
旅に出る以前、王宮に出向くと、ジェイスはこういった若い騎士にしばしば声を掛けられた。
時には腕試しがしたいと、王宮内にも拘わらず、試合を申し込まれる事もあり、かなり辟易していた。
さすがに一般市民にまでは顔は知られていないので、街中ではそんなに追い掛け回されたりはなかった。ので、ジェイスとしては、王宮に居るより街へ出ているほうが、かなり楽だった。
旅に出てからは、尚更である。
久し振りの『ファン出現』をちょっと懐かしく思いながら、ジェイスは聞き覚えのあるその名前に首を傾げた。
「パッド・ローエンって、どっかで聞いたなあ」
「あ、そう言えば」
思い出したシェイラが手を打つ。
「そうだっ! さっきの神殿からの使者っ!」
「はいっ、そうですっ!」
若者は、増々顔を赤くする。
「悪かったな、こっちも急ぎの用だったんで、覚えて無くてよ」
ジェイスは、シェイラ曰く「女よりも、男が殺せる笑顔」をパッド・ローエンに向けた。
「いえ……、ああ、はいっ! 大丈夫でありますっ!」
真っ赤になり、もはやかちこちの若い騎士に苦笑しながら、クレメントが尋ねた。
「それにしても、早馬とはいえ、口上をしてからこちらへ戻るまで、随分とお早かったですねえ?」
「あー、はい。あの後ガトー歩兵長殿がすぐに内殿の侍従の方にお知らせ下さいまして。その上国王陛下が、随分とお早く広間にお出ましになられたものですから……」
「そういうお方なのです。ソニー陛下は」
カーライズ公はしたり顔で、クレメントに頷く。
「ところで、話はその辺にして中へ案内して貰えまいか」
穏やかだが、些か苛立っているのが分かる公の口調に、パッドは「はいっ!」と、飛び上がりそうな勢いで返事をし、くるりと向きを変えた。
まるで仕掛人形のようなぎくしゃくした動作で歩き出した若者に、クレメントは吹き出し、カーライズ公は渋い顔をした。
パッドはジェイス達を礼拝堂の奥に位置する内殿の、一番東側の部屋へ案内した。
神官長の執務室である。
丁度神殿警護の騎士団長と話をしていた神官長は、やって来た一行に驚いて席を立った。
「カーライズ公御自らのお越しとは。先触れを頂ければお出迎えの支度を整えましたのに」
「いや。陛下の早急に事態を見分して参れとのご命令で、不躾を承知で先触れを出さずに参りました」
お許しを、とカーライズ公は神官長に頭を下げる。
「こちらは、ロンダヌスの王太子、クレメント殿下であらせます」
自分のすぐ後ろに立っていたクレメントを、公は身体を横向けて神官長に紹介する。
神官長は、初老の痩せた顔をみるみる驚きの表情に変える。
「なんと……っ。南の大国のお世継ぎが、この北国までわざわざお越しとは」
クレメントは、何も言わず軽く会釈する。
カーライズ公は、更に後ろ控えた弟を見た。
「そしてこれが愚弟です。これの事はよくご存じでしょう」
「はい。キリアン伯は、ランダスではその御名を知らぬ者無き英雄でいらっしゃいますから」
カーライズ公とクレメントは、神官長が勧めた椅子にそれぞれ腰掛けた。




