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「由々しき事ではあるのですが、神殿は独自の法と警護体制を持つ、国法の外の機関。僕は報告を受けただけで、探索はあちらに任せようと思っていたのですが……」
ソルニエスは、愛らしい顔を曇らせた。
「公、やはり様子を見て来て下さい。王太子殿下のお話からすると、これは最早ランダス一国の問題ではありません。放っておけば、大陸全土の大問題になるやも」
カーライズ公は、一瞬はっ、と目を見開き、幼い君主を見た。
「畏まりました」
恭しく礼を取った宰相に鷹揚に頷くと、ソルニエスは美しい異国の王太子に改めて向き直った。
「クレメント殿下は、どうなさいますか?」
ソルニエスの配慮に、クレメントは即座に行くと申し出た。
「キリアン伯と従者のシェイラさんも、僕の護衛として連れて行ってよろしいでしょうか?」
「結構です。では、キリアン伯、シェイラ、もしかしたら、まだ国内に賊が残っているやもしれません。ロンダヌス王太子殿下の警護を怠りなきようお願いします」
「はっ」
イリヤ神殿は、ランダス王宮より南へ1キロ程行った所にある。
初代の王であるイリヤ神の子、二代ハーゲン王が亡くなった時、遺言によってヴィード城が見える南の丘陵に墓陵を造った。墓陵の前に葬祭殿として建てられた建物が、後にイリヤ神殿となった。
神殿は現代までに幾度か立て直されたが、神殿の北側のハーゲン王の墓所は、神官達の手によって守られ続け、創建当時の荘厳な姿を止めている。
三時の礼拝の終わりの鐘が鳴ると、普段ならば礼拝堂や正面には人気が殆ど無くなる。夏節祭の現在でも、ロンダヌスのウォーム神殿同様、午前中は新年の参拝の信者で溢れるが、午後は普段とあまり変わらない。
だが、今日はさすがに神殿警護の兵士や騎士が数多く出ている。
その兵士や騎士の間を、中との連絡のためか、イリヤの神官戦士達が忙しなく動き回っている。
祭の装飾が華やかに飾られた神殿の内外を人々が右往左往する様は、余計に騒々しく見えた。
「予想してたけど、やっぱりどたばたしてんなぁ」
旅装束のまま、カーライズ公とクレメントの乗った馬車を護衛する形で騎乗したジェイスは、轡を並べるシェイラに神殿中の慌て振りを見ながら言った。
徒歩の従者が先に走り、摂政の到着を門番に伝える。
門番が慌てて開けた門を馬車はゆっくりと通り、正面入り口に前の車止めで止まった。
様子を見ていた警護の騎士が数人、馬車の紋を見て初めて何者か気付いたらしく、慌てて飛んで来た。
「これはっ。お出迎えもせずに失礼致しました。すぐに騎士団長を呼んで参ります」
中の若い騎士の一人が、礼拝堂へ戻ろうとする。公は馬車の扉を開け騎士を呼び止めた。
「それには及ばぬ。こちらから出向く故、案内を頼む」
若い騎士は「かしこまりまして」と一礼した。
ジェイスは飛んで来た厩番に手綱を渡し、馬車を降りた兄とクレメントの後ろへ付いた。
ジェイスに気付いた若い騎士が、素っ頓狂な声を上げた。