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「『怒りの女神』ノルオールがノルン・アルフルを造ったのは分かった。で、その生き残りだか血を継いだ奴が、カスタ最後の王の呪文を完成させてノルオールを復活させようとしてるのも分かった。けどよ、どうしてノルン・アルフルは、ノルオールを復活させたい訳? 何が奴らの得になるんだ?」
彼の問いに、クレメントは少なからず拍子抜けした。
騎士であるジェイスが、魔法を知らないのはいい。が、子供でも知っている『怒りの女神』ノルオールの伝説や、その恐怖を知らないとは。
拍子抜けしただけでなく、キレた人物が部屋の中にもう一人居た。
「……ジェイス、それ、本気で言ってるの?」
シェイラは、カーライズ公には聞こえないよう小さな声で唸った。
「あのですねっ、ノルオールはノルン・アルフルの生みの親なんですの。という事は、女神が復活すれば、ノルン・アルフルの闇の魔力も強くなるんです。再びウォームの勢力、つまり我々ですね、を退け大陸を制圧出来るかも知れないんです。お分かりですか? ご主人様」
シェイラが怒っている時に出る、普段絶対使わない丁寧な言葉遣いでこんこんと言われ、ジェイスは、黙ってこくこくと頷いた。
「けれどどうして、カスタ王のライズワースがノルオールの復活を望んだのでしょう?」
ソルニエスが、心配そうに言った。
「殿下は先程、ライズワース王がノルン・アルフルの血を継いでいるとおっしゃいましたけど、それに関係あるのですか?」
「ええ」
クレメントは、美しい顔に憂いを履く。
「それが一因である事は推測出来ます。しかし、彼とカスタに関する古文書には、彼がスピルランドの姫を母に持っており、ノルン・アルフルの血を濃く継いでいた事と、それまでのカスタ王を遥かに凌駕する強大な魔力を有していた事、それ以上の詳細は書かれていません。ただ……」
ふっと、クレメントは口を閉ざした。
その先は、自分を投影した憶測に過ぎない。ライズワースが、その魔力故に、己と同じ辛さを抱えていたかどうかは、定かではないのだ。
言い掛けて止めたクレメントの横顔を、ジェイスはそっと覗いた。
やや俯けていた顔を、クレメントはいつもの笑顔と共に上げる。
「いえ。まあ、ライズワースの動機は、今回の件に直接関係ありませんし。要は早いところ盗賊を見付けて石を取り戻せば大丈夫です」
「そりゃ、そうだけどさ……」
急に話を変えた王太子に、いまいちすっきりしないものをジェイスは感じた。
「賊がライズワースの呪文を発動させるために魔法石を集めているのなら、やはり神殿の一件も無関係ではないでしょうな……」
カーライズ公は、苦いものを舐めたような表情で言った。
「では、先程の神殿からの使者は、やはりそれに関係しているのですか?」
クレメントは公を見る。
「はい。……実は我が国には王家に伝わる石とは別に、もうひとつ魔法石がありました」
「それは……?」
ジェイスも初耳である。彼とシェイラ、クレメントの三人は、カーライズ公の次の言葉を緊張の面持ちで待った。
「イリヤ神殿に、七賢者の一人カルクトゥース・カスガの魔法石『颯』がありました。先程の使者は、その魔法石が何者かに持ち去られたとの火急の報告です」