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ミュシャ公国の職人の仕事である、見事なぜんまい仕掛けの大時計が、午後三時の鐘を鳴らした。
それまで高窓から入って来ていた風がぱたり、と止む。
気が付いた侍従達が、閉まっていた南の窓を全て開ける。
再び風が入り始めた室内は、だが皆が押し黙ったままの重い雰囲気だった。
クレメントは、衝撃を受けたの表情のまま固まったように動かない人々を一渡り見回す。
その沈黙をシェイラが破った。
「『怒りの女神』を復活させるなんて……。そんな事が可能なんですか? だって、カスタ王は魔導師であっても、神官じゃあなかったでしょ?」
「例え神官であっても、神を復活させる呪文など知りません」
クレメントは、きっぱりと答えた。
「けれど、ノルン・アルフルは別です。彼等は母であるノルオールの血を受け継いでいます。それが、彼等に他の神に仕える者には不可能な呪文をあみ出す力を与えています」
「えっ? じゃあ、カスタ最後の王って、ノルン・アルフルだったのか?」
ジェイスの疑問に、クレメントは「ええ」と頷いた。
「正確には、ノルン・アルフルの血が入った王、です。ライズワースの母君は、スピルランドからいらした姫でした」
その場に居合わせた、ジェイス以外の人間が皆、驚きに目を見開いた。
「スピルランドの王室では、もうその頃に、ノルン・アルフルとの混血が始まっていたのですか……」
カーライズ公が、唸るように言った。
「ええ、多分。スピルランドは、カスタの時代、幾度も蛮族からの攻撃を受けています。ノルン・アルフルは魔力が強い。彼等の助け無しに、数で勝るレイトン族やシュラ族との戦に勝つのは、難しかったのでしょう」
戦に勝った報償に、ファーレン神殿は、奴隷同然だったノルン・アルフルに、密かに領地を与えたのだろう。
そしてノルン・アルフルは、自分達の身の安全の証として、一族の女をスピルランド王宮に送り込んだのだ。
その目論見は、ある意味では成功した、と言える。
元々トール・アルフル同様、出生率が恐ろしく少ないノルン・アルフルは、現在はスピルランド国内でも集落などは全く無いという。
しかし、スピルランド人との混血によって、その血は細々とだが、繋がれているのだ。
第三章、入りました。
9/13に、1を改稿しました。
余計な文章を突っ込み過ぎていたので、削りました。
削ったら、びっくりするほど短くなっちゃいましたけど(汗)