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「そりゃあそうでしょう。だって、神殿にいる時から随分目立ってましたし」
「そんなに?」シェイラは、濃い茶の目を瞬かせる。
「ええ。ロンダヌスには、こんなにはっきりした赤毛の人は少ないんです。おまけに、見るからに腕の立ちそうな、大柄な美女と偉丈夫じゃあ、どうしたって怪しいでしょ?」
怪しいって話なら、そっちのほうが十分怪しいだろうが、と、内心で言ちながら、ジェイスは言い返した。
「でも、傭兵なら俺くらいな奴、幾らでもいるだろうが?」
ジェイスの反論にクレメントはくすり、と笑った。
「品格が違います。あなたは大柄で腕が立ちそうなだけではなくて、やはり騎士としての品があります」
「それって、褒めてんの?」
「他にどう聞こえます?」
クレメントは、傍で見ていたシェイラが思わず赤面する程の艶やな眼差しを、ジェイスに投げた。
「……内戦で、二十人の敵を立て続けに倒した、というのは本当ですか?」
言いながら、クレメントは細い身体を捩るようにジェイスに近付く。
男にしては華奢な白い指が腕に触れると、ジェイスは不覚にも鼓動が跳ね上がった。
「あー、それは……」
うっすら汗さえ浮かんで来る。
「ええと、魔導師さま?」
さすがにこれは場を考えて止めた方がいいと、シェイラが動いた時。
警備兵から連絡を受けた下級の官吏が、玄関広間へやって来た。
「カーライズ公が、伯爵にすぐにお会いになりたいそうです」
若い官吏は「こちらです」と、先に立って歩き出した。
これ幸いとジェイスは胸を撫で下ろした。
逆に、クレメントはちょっと残念そうな面持ちでシェイラの後ろに付いた。
三人は騒がしい広間を抜け奥へと続く短い廊下を通り、大階段へと出た。
階段を二階へと上がり、右へ曲がる。その通路の奥が謁見の間だった。
日干しレンガの斑な色がそのままの薄暗い通路には、等間隔で壁に燭台があり灯が灯されている。
燭台の真下に、祭の間だけ飾る小さなイリヤ神の旗がそれぞれ掛けられていて、そこだけが唯一城の中で夏節祭である事を告げていた。
小さな明かりが行き来する人々の面に仄明るい揺らめきを描く通路を、ジェイス達は歩を早めて官吏の先導で進む。
やがて、彼等は謁見の間の濃茶の重い扉の前へ到着した。
半年振りに扉の前へ立ったジェイスは、感無量でその大きな姿を見上げる。
——半年前、この扉を背にした時には、もしかしたら二度とここには戻って来ないかもしれないと、密かに思っていた。
もし戻る事が出来ても、十年、いや二十年後になるやもしれないと。
永の別れと覚悟してあの時後にした扉を、ジェイスは何と半年という、全く予想していなかった短期間で開けた。
中に入ると、真正面に一段高くなった場所があり、そこに玉座が置かれ王が座っていた。
半年前と変わらず、玉座の左横にジェイスの兄、摂政カーライズ公が立っていた。
ジェイスはゆっくり、玉座の前へと歩いた。
そして王の顔が見える位置で止まり膝を折る。
「ジェイス・キリアン伯、ただいま帰還致しました。ソルニエル一世陛下には、恙無くあらせられるご様子、まことに喜ばしゅう存じます」
おやおや~~?
クレメントの挙動が危ないです~~
その意味は、先の方で・・・