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「ちょっとっ、真面目に聞いてる? ジェイスっ」
「聞いてるって。あー……、で、あれ何だ?シェイラ」
祭壇正面を指さし、間の抜けた声を出したジェイスに、シェイラは鼻を鳴らした。
「なあによっ! 全く人の話を聞いてないじゃないっ!」
「いや、悪い。ちょっと他のこと考えてて」
ジェイスは、強張った笑いを貼付けた頬を、人さし指でぽりぽりと掻く。
「ったくもうっ、剣にばっかり夢中になって歴史の師匠の授業をろくすっぽ聞いてなかったって言うから、教えてあげればっ! やっぱり興味のない話は、右から左なんだからっ!」
腰に手を当て捲し立てる相手に、長身の偉丈夫はたじたじとなりながら顔の前で手を合わせ謝る。
「わぁるかったって。——で、あれなんだ?」
ジェイスはもう一度祭壇の奥を指した。
通常、大陸の神殿の祭壇の作りは、神官らが上がる段を一番下として、その奥に供え物の台、神殿の主神の旗色と紋様を彫り込んだ木造の彫刻の順になる。
一番奥は、明かり取りの絵ガラスを嵌め込んだ出窓である。
しかし、ウォーム神殿の祭壇の奥には、他の神殿には無いものがあった。
小さな透かし彫りの箱の乗った、足の高い台座である。台座は、供物の台と紋様の彫刻との間に置かれていて、その上には小さな白い木箱がひとつ、乗っていた。
木箱の四方の面はが精緻な透かし彫りで葡萄の模様が描かれている。葡萄の葉と実の間の隙間から、淡い卵色の光が漏れていた。
祭壇上部の、天窓と左右のステンドグラスの窓から入る陽光だけが光源の仄暗い堂内で、木箱の中からの光は、見る者に小さな安らぎを与えてくれる。
木箱を指差したジェイスに、シェイラは思い切り顰め面を作る。
「だからっ、あれが魔法石よっ」
「あれが? あんなに光ってるもんなのか?」
「そうよ。『『祝福』の石は淡き光の宝石』って、かの有名な吟遊詩人のオーガスタが詠ってるじゃない」
「そーだっけ」
ジェイスは、赤茶の頭を右に傾けた。
「けど、あんな箱の中に入ってっと、大きさは全くわかんねえなあ」
「確か、親指の頭くらいの大きさって、聞いたことがあるわ」
「そんなにちっこいのか? 手の中に入っちまうなぁそれじゃ。ランダスのはもうちっとでかかったぜ」
「そのようね」シェイラは苦笑した。
ジェイスは、ランダス生まれのランダス育ち。傭兵として各地を旅したシェイラと違い、現在は任を解かれたが、騎士としてランダス王国に27年仕えていた、バリバリの武人である。
先のやり取りでも明白なように、ジェイスが、性格的にも興味がない歴史上の文物、特に他国の文物についてよく知らないのは、もうどうしようもない。
「ランダスに伝わるものは、七つに割った石の中で一番大きいそうだから。——ジェイスは、見たことあるんでしょ?」
「ああ——まあな」
ジェイスは、内戦の時と戴冠式の折に見た、王の帯剣につけられている、純白に輝く魔法石を思い出した。
ランダス王家には、当時七賢者と共に旅をしたフィルバード王によって魔法石の一つが伝えられている。
石は、フィルバード王が、本国に帰った後に作り直したという、王の大剣セプティリアの柄の元の部分に、竜を模した見事な金属細工によって嵌め込まれていた。
魔法使いでもなければ使えない石を、何故王が持つ事になったのかは、ランダスの史書にも記されていない。
ランダス王の大剣に話が及び、ジェイスは故国の風景に、ふと、思いを馳せた。