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「あっついなあ……」
今年の冬に新兵になった王城正面警備の兵士は、漸く着慣れた革鎧の前を少し引っ張り、片手を扇に僅かな風を入れる。
濠を隔てた街の方から、祭の音楽が聞こえて来る。
夏節祭の賑わしい雰囲気は、だが堅牢な城の中には微塵も無い。
非番ならば仲間と連れ立って街へ出向く事も出来るが、生憎彼は今日明日ともに勤務だった。
「毎年こうなのでありますか?」
暑さと、賑わいに参加出来ない無念さから、彼は力の無い北部訛りでもう一人の、先輩の警備兵に訊いた。
先輩の兵士も同じように、些かうんざりした表情で革鎧の中を煽ぎながら答える。
「ああ。夏の正門は風が吹いたり止んだりだ。お陰で鎧の中は汗だらけ、一週間で楽に5キロは痩せるぞ。けど、他の警備より日陰があるだけましってもんだ」
レンガ積みの壁だけの他の門とは違い、正門は左右に物見の塔があり、その間を結ぶように通路がある。庇のように前に突き出した通路のお陰で、南向きでもかなり日差しは遮られた。
それでも、暑い門前に釘付けなのに変わりは無い。
新米兵がはあ、と力無く返事をしたその時。
一陣の強風が彼等の顔面に吹き付けた。
兵士達は反射的に顔を片手で覆う。
風はすぐに収まり、二人は手を離した。
と、正門の真ん前、彼等の目の前に、三人の人間が現れた。
「うわっち!」
赤毛の大男は、まるで空から降って来たかのような格好で、思い切り門前の石畳にひっくり返った。
再び魔法で、しかも先程とは比べ物にならない程遠い場所へ運ばれてしまったジェイスは、これも先程より数倍の気持ち悪さに襲われそのまま大の字に伸びる。
その隣に下ろされたシェイラも、腰が抜けて、べったりとその場に座り込んだ。
完全に『魔法酔い』してしまった二人に、この状況を作り出した張本人のクレメントは、困ったように笑う。
「すいませんねぇ、そんなに気持ち悪かったですか?」
「気持ち——悪い——、なんて、もんじゃ、ないっ」
最後までしつこく頭を支配している目眩をなんとか追い払おうと、ジェイスは上体を起こして頭を振った。
「どうでもいいけど……、ほんとにこれっ、辛いわよっ」
やっと動悸が治まったシェイラが、よろよろと立ち上がる。
と、門の中央から怒声が響いた。
「貴様らっ、何者だっ!」
いきなり眼前に人間が出現した衝撃からやっと立ち直った警備兵二人が、ジェイス達に槍を構えた。
「ここをランダス王城と知っての乱入かっ?」
「え、ランダス王城……?」
ジェイスは、改めて兵士達のいる門を仰ぎ見る。
「……間違いねえや、ヴィード城だ」
ランダスに行くとは言われたが、まさか王城に連れて来られるとは予想していなかった。
「ちょっとどうするのっ。帰って来たのを誰かに見つかったら——」
慌てるシェイラに、警備兵達はますます不振感を募らせる。
「おまえ達っ、さては最近この辺りを荒し回っているという、盗賊の仲間かっ!」
「ちーがう、違うっ」
有名な騎士、といっても、下級の兵士達までがジェイスの顔を見知っている訳ではない。
それなりの格好でなければ、騎士だとは分からないのも当然である。
帰って来ちゃった・・・(汗)