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地下迷宮の女神  作者: 林来栖
第十二章 王女の葬送
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13

 クレメントは、今度の一件で自分をずっと助け守ってくれたランダスの英雄伯爵を見る。

 その美貌には、これまでにない程の優しさを含んだ笑みが、浮かんでいた。

「ジェイス、僕はもう逃げません。多分僕が王位に即く事で様々な問題が起こるでしょう。でも、諦めず、投げず、それをひとつずつ解決して行こうと決心しました。そしてそう、僕に決意させたのは、あなたです」

「クレメント……」

「愛しています」

 ジェイスは、周囲の目も忘れてクレメントを抱き締めた。

「俺も」と耳元で囁くと、薄赤い唇をそっと塞ぐ。

「おおっとおっ!」

「ひゃあっ!」

 女剣士とイリヤの神官戦士は、殊更大袈裟に驚く。

 ファーレンの巫女の少女は、真っ赤になって両手で頬を押さえた。

 そんな周囲の様子も、クレメントには気にならない。

 父母に嫌われずっと孤独で育って来た王太子は、運命的な出会いによってジェイスに恋をした。

 強大な魔力ゆえに人と交わる事を避けて来た自分が、どうしてこの偉丈夫に一目惚れしたのか、未だに分からない。

 だが今のクレメントにとって、ジェイスの力強い腕以外に何も欲しいものは無い。

 それだけは、間違いなかった。

「……もう、一人で勝手に突っ走るなよ?」

 唇を離し、ジェイスは恋人となった王太子にそっと囁く。

 クレメントは、偉丈夫の広い背に腕を回したまま答えた。

「はい、もうしません。あなたが側に居て下さる限り、僕は孤独ではありませんから」

 仲間が居るのもお構い無く二人の世界に嵌まり込んでいるジェイスとクレメントに、アーカイエスが大きく咳払いをする。

「仲睦まじいのは結構だが、我々の事も思い出してくれ」

「……あ、すいません」

 恋人の腕から離れ、クレメントは苦笑いで答えた。

「おっどろいたあっ! 前に好きだって言ってたけど、半分冗談だと思ってたもの。本気だったんだー」

 男同士でねえ、というニーナミーナの感想に、ジェイスは、

「全くだ。俺もクレメントに本気になるって、てめえで思ってなかったぜ」

「じゃ、何で?」

 うーん、とジェイスは腕組みする。

「何でかなぁ……。放っとけなかったからかな?」

「恋に理屈なんかないわよ」

 シェイラが片目を瞑る。

「最初に会った時から、クレメントはジェイスが好きみたいだったし。私は、こりゃ落とされるなーって、思ってたわ」

「うっわーっ、経験者の洞察力?」

「そうね。それはあるかな」

「僕はずっと、シェイラさんが伯爵の恋人なんだと思ってました」

 パッドの言葉に、シェイラはあはは、と声を上げて笑った。

「この人とは親友だけど、恋人にはなれないわね。お互い、付き合い始めから姉弟みたいに思ってるし。第一、私は年下は好みじゃないの」

 そう言って、女剣士は傭兵の頃からずっと首に下げているペンダントに触れる。それは、フィアスの内戦で命を失った、同じ傭兵仲間だった恋人の、唯一の形見だった。

「ねえ、でも結婚するっていっても、男同士じゃ無理よね?」

 ニーナミーナの疑問に、クレメントが答える。

「ああそれは、ロンダヌスでは心配ありません。男性同士の結婚は認められていますから」

「ええっ! 知らなかった。——あーでも、クレメントって将来王様でしょ? その時ジェイスは何になるの? やっぱりお妃様?」

 自分で言って想像し、ニーナミーナは吹き出す。

「こっ、こんなごっついお妃様ってっ……!」

「あっ、あのなあっ! そりゃ便宜上の事であってっ、俺が結婚式にドレス着る訳じゃ……」

 笑われて、弁明したのがやぶ蛇だった。

 全員が白いウェディングドレスを着てクレメントと並んでバージンロードを歩くジェイスを思い描き、大爆笑する。

 普段にこりともしないアーカイエスにまで笑われて、ジェイスは真っ赤になって怒鳴る。

「だからっ、着ないって言ってんだろーがっ! こらっ、おめーらっ!」

 ひとしきり笑った後、アーカイエスが静かに口を開いた。

「妖魔を異界から吸い出す魔法石が無くなった事で、これから、カスタは誰でも簡単に出入り出来る遺跡になるだろう。この広大な土地が人の出入りを許せば、ロンダヌスは新しい時代に入る」

 これまで、夥しい魔物に遮られ、カスタ遺跡は横断する事はおろか、中へ入るのも困難だった。

 遺跡はロンダヌスの領土の西側半分全てを占めている。

 そのため、ロンダヌスは西側の唯一の港町へ国内の陸路から行く事が出来ず、千年という長い間クルタに頼っていた。

 カスタ内が自由に行き来出来るようになれば、大陸西側のバーミヤンやスピルランドへも簡単に行かれるようになり、交通の地図も大きく変わるだろう。

「そうですね。……妖魔が減れば、必然的に武器の使用も傭兵の必要も減るでしょう。ロンダヌスのみならず、大陸全体が、新しい時代に入るのかもしれません」

 魔法も剣も必要ない世界へ。

 人々が異界のものに怯えて旅を急ぐ事が無くなれば、もっとこの世界は豊かに変わる。

 そんな新時代への幕を、強大な魔力を持った、最後の賢者と言えるこの二人の魔導師が開けたのだ。

 その一人と、自分は恋をした。

 じっと見詰める視線に気付いて振り向いたクレメントの美しい笑顔に、ジェイスは改めて陶然とする。

 己の人生の指針を明確に決めたクレメントは、前にも増して綺麗になった気がする。

 誰よりも、強く美しく。

 そんなクレメントをこれからずっと独り占め出来る自分は大陸一の果報者だと、ジェイスは心から思った。


 ——了

ジェイス、墓穴掘ってどーすんだ・・・


さて、「地下迷宮の女神」は、これを持ちまして終了とあいなります。

読んで下さった皆様、ありがとうございました。

この先、まだ幸せな二人の物語もちょこっと残っているんですが、それはまた後のお楽しみで。


これからは「俺が竜と召還魔法」他、新作に力を割きたいと思っております。

どうかそちらもお目をお通し願えればと思いますので、よろしくお願いいたします。


おまけ:速水が落書きしたクレメントですー

別窓で開きます。よろしかったら、クリック!!

挿絵(By みてみん)

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