11
眠っていたため体力が落ちてしまったクレメントが寝台から起き上がれるようになったのは、目覚めてから二日後だった。
ニーナミーナとララが交代で回復の魔法を掛け、やっと床払いが出来た彼を、仲間だけでなく、宿屋の主や他の泊まり客までが祝福した。
ちょっとした宴会のようになってしまったその晩、クレメントの部屋でジェイス達は久々に全員が顔を揃えた。
「もうちっと起きてられるか?」
大事をとって寝台に入り、枕をクッションにして座ったクレメントに、ジェイスは尋ねる。
自分の体力を気遣ってくれる偉丈夫に、クレメントは「大丈夫です」と微笑んだ。
「でもほんと、よかったわ。一時はどうなるかと思ったもん」
ニーナミーナは、文机の椅子を引っ張り出してクレメントが座った寝台の脇に置いた。
「そうね。あのままクレメントが目覚めなかったら、眠ったままどうやってロレーヌへ運ぼうかって、みんなで真剣に話してたのよ」
シェイラが、丸椅子に腰掛けて笑う。
「それは、ジェイスからお聞きしました。改めまして、みなさんにご心配お掛けしました事、お詫びします」
若緑の頭を下げる王太子に、ジェイスは「もういいって」と、手を振った。
「ところでさ、クレメントも全快した事だし、これからどうすっか決めねえとな」
「はーい。あたしとパッドはランダスへ戻りますー」
ニーナミーナが、学校の授業中のように手を挙げて答えた。
パッドは苦笑しながら、彼女の言葉を補足する。
「事の次第をイリヤ神殿に報告しなければなりませんから」
「そうですか。——アーカイエスは?」
隣室から持ち込んだ木製の肘掛け椅子に座ったアーカイエスが、柔らかい声で答えた。
「私はララと共に、一度スピルランドへ戻る。彼女の師である神殿の巫女頭に、事の経緯と謝罪をしなければならん」
「謝罪って……。じゃ、あんたがララを勝手に連れ出したってこと?」
相変わらずぞんざいなニーナミーナの聞き方を、側に座ったパッドが小声で嗜める。
アーカイエスは少し笑って、
「当たらずとも遠からず、だ」
その答えを、ララが慌てて否定した。
「いいえっ。私が勝手にアーカイエス様について来たんですっ。アーカイエス様は何も悪くありませんっ」
必死の少女に、シェイラは悪いと思いつつ苦笑する。
「分かってるわよ。好きな人のお手伝いをしたいって、その一心で、でしょ?」
「すっ……、好きな人なんてっ、そんな……」
「あれ? 迷宮の地下でアーカイエスがジェイスに自分を斬れって言った時、半狂乱で泣いて止めてたのは誰かなあ?」
「あっ、あれは本当にっ……!」
ニーナミーナの意地の悪い言い方に、ララは半泣きの真っ赤な顔で抗議する。
シェイラが苦笑しつつ神官戦士を叱った。
「駄目よ、純な娘をからかっちゃ」
ニーナミーナはぺろっと舌を出して、片目を瞑る。
「でもほんとに分かってるからっ。あたしだって、好きな人が何か大きな事をしようとしたら、絶対手伝いたいって思うもの。女の子はみんな同じよ」
「ふーん。じゃパッドが王様になりたいって一旗揚げたら、手伝うんだ?」
「ちょっとっ! だからどーして話があたしになるのよっ!」
シェイラにからかわれて、ニーナミーナは真っ赤になって立ち上がる。
同じく赤くなっている若い騎士に、ジェイスはにやりと笑った。
「どうするよ? そん時はこの跳ねっ返り、連れてくか?」
「はい」
冗談じゃありませんっ、という答えを期待していた偉丈夫は、パッドの予想外の即答に思わず仰け反る。
「っしゃーっ! のろけられちまったよ」
「パッドっ!」
ニーナミーナが怒鳴った。
「あっ、あたしは絶対そんな事……」
「言わないのは分かってる。でもっ、もしそんな時があったら、僕が君を連れて行く」
はっきり断言されて、ニーナミーナは口をぱくつかせる。
「あたし……」
「君が好きだ。ニーナミーナ」
「おっ、言ったわねっ! この色男っ」
シェイラが囃し立てた。
「良かったじゃねえかっ、ニーナ。これで嫁に行き遅れる心配が無くなったぜ?」
「なっ、なによそれっ!」
「まあまあ。あんまりからかうと可愛そうですよ。——ニーナミーナ、パッドはいい人です。お返事はゆっくりなさい」
クレメントにやんわり締め括られて、ニーナミーナはこくんと頷いて着席した。
パッドの隣で妙にかしこまってしまった女傑神官に、シェイラとジェイスは吹き出すのを堪える。