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地下迷宮の女神  作者: 林来栖
第十二章 王女の葬送
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10

 二人きりになって、ジェイスは静かになった室内にややほっとした。

「っんとに、うるせえ奴らだよな」

 苦笑しつつ、開け放たれている窓を閉めるために、立ち上がる。

 クレメントはゆっくり背凭れにしている枕に身を預けると、右手を前へ突き出した。

 ジェイスが振り向くと、王太子は口の中で小さく何事かを呟いている。

 それが呪文と分かったのは、程なく彼の右手から僅かだが光が立ち上ったからだった。

 青味掛かった淡い光を見届けて、クレメントはぎゅっと拳を握る。

 その手を抱えるように、前へ身を折った。

「クレメント?」

 辛そうな様子が心配になり、ジェイスは俯けた美貌を覗き込んだ。

 と、その姿勢のまま、クレメントは喉の奥で笑い出した。

「くっくっくっ……」

「何だよ一体……?」

 王太子はゆっくりと上体を起こした。美貌は、苦渋の表情に歪んでいた。

「あんなに魔力を使ったのに……。全く無くならないなんて。本当に、僕は……」

「魔物だなんて、言うなよ?」

 ジェイスは真面目な声で言った。

「少なくとも俺は、あんたが魔物だなんて思ってねえし。まして、他の奴より強いなんて到底思えねえしな。大体、魔物どころか、俺に言わせりゃ誰よりも危なっかしくて見てられねえよ。無茶はやるわ一人で突っ走るわ、人の忠告は聞かねえわ……。放っとくと何処飛んでくかわかんねえ、紙風船みたいで——」

 捕まえていないと、心配で。

 言い掛けた言葉は、だがクレメントの声に遮られた。

「僕はっ……、大変な嘘つきですっ!」

 ジェイスは、王太子の突然の激情に驚く。

「アーカイエスにあんなことを言いながら、実は僕の方が、ライズワースの轍を踏む可能性は大きい。

 以前にも言いましたが、父は、僕を怖がっています。——ロンダヌスを、僕がこの力で壊してしまうのではないかと」

「そんなこと……」

「いいえ、ジェイス」

 クレメントは目を上げた。必死なその色に、ジェイスはたじろぐ。

「あなたには本心を偽らないで言いましょう。本当は、父上以上に僕が、僕の力を恐れているのです。カスタの迷宮を破壊してなお、僕の魔力は衰えない。むしろ、強くなったような気さえしています。

 このまま行ったら、僕はライズワースのように、周囲から恐れられ孤独に蝕まれ、狂気に囚われて国を滅ぼす王になり兼ねない——」

「それは絶対ねえってっ!」

 これ以上言わせてはいけない気がして、ジェイスは慌てて叫んだ。

「あんたがライズワースの二の舞をするなんて、どうしてそんな事思うんだよっ。あっちは千年前の人間だぜ? 現在とは全く状況が違うだろうがっ。それに、ライズワースはノルン・アルフルの血を濃く継いでたんだろ? クレメントは違うじゃねえかっ」

「……僕とライズワースは、条件が違った同じ者です。彼はノルオール復活という形で周囲に復讐しようとしました。

 僕は、トール・アルフルの血を濃く継ぐものとして、直接人の街の破壊を望むかもしれません」

「だからっ、どうしてそんな風に思うんだよっ!」

 ジェイスは、掴んだクレメントの肩を揺さぶる。

「自分を卑下するなよっ。あんたはあんただっ。誰かと似てるからとか、同じだとか、そんなん関係無いだろーがっ!

 大体、さっき自分でアーカイエスに言ってたじゃねえかっ! 誰にでも過ちはあるってっ! 自分が一番可愛いんだってっ! そりゃ人間ならあたりめえだろーがっ!」

「ええ言いました。でも……」

 クレメントは、蒼白の顔でかぶりを振る。

「アーカイエスは王にはなりません。ですが僕は王になる。あなたにもお分かりでしょう、玉座の責は重い。僕は、このままでは到底、その重さに耐え切れそうにない……」

「何でそんな風に——っ!」

 ジェイスは焦れた。焦れて、叫んだ。

「……ああもうっ、俺が側に居てやるからっ。俺が、あんたが悪い方向へ走り出したら、絶対止めてやるからっ!」

 地下迷宮で、クレメントがバンシーに捕らえられていたのを救おうとした時に、既にジェイスの腹は決まっていた。

 改めて想いを伝えたジェイスに、クレメントが、美貌を驚きの表情に変える。と、銀の瞳から涙が溢れた。

 ジェイスは、泣き出した王太子を抱き締めた。

「ジェイス……」

「あんたが好きだっ。あんたが望むなら、その……、王妃にでも何でもなってやるよっ」

 宥めるように背を撫でる。

 偉丈夫の大きな暖かい手に慰められて、クレメントはこれまで心の大半を占めていた不安という名の氷塊が解けていくのを感じた。

 しゃくり上げながら、小さく頷く愛しい人に、ジェイスは至福の笑みを浮かべた。

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