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「そんな話……」聞いたことがない、と、シェイラは目を丸くする。
「それも、ロンダヌスの王宮の書庫の禁書からの知識か?」
開かずの間へ勝手に出入りしているらしい話といい、怪しいを通り越して、クレメントは多分、いや、絶対に、高位貴族の子息だろう、とジェイスは確信した。
下手をすれば、王家と、かなり近い血縁の家柄の出である。
猜疑心を隠さずに訊ねたジェイスに、クレメントは、本心の見えない微笑で頷いた。
「仰る通り、です。ノルオールの兄妹神の伝説は、書庫の中でも禁書の本の内容です。ですが、ノルン・アルフルはこの祠が誰を祀っているのか、ずっと知っていたようです」
「ノルン……、アルフル?」
再び出て来た聞き慣れない名称に、ジェイスは眉を寄せた。
「『ノルオールの子』と呼ばれる、闇の妖精族です。ノルン・アルフルは、ノルオールが造り出したのです。ノルオールは、先ほどシェイラさんが仰った通り、別名『影の女神』『怒りの女神』とも呼ばれています。ノルン・アルフルは、その発生から特殊だったために、彼等独特の魔法が幾つかあります。この魔法陣——血の標も、そのひとつです」
「血の標……」
呆然と呟いて、シェイラは難しい表情で改めて魔法陣を見下ろす。
「ノルン・アルフルの血は、それ自体が闇の魔力を持っています。その血で描かれた魔法陣は、通常の魔法陣と同じく予め同様の魔法陣を描いた場所との間に限り通路を開く事が出来ます。しかも、通常の魔法陣程複雑な魔法紋章や呪文の書き込みの必要が無い」
「へええ。そんな便利な使い方が出来るんだ」
ジェイスは単純に感心した。
「で、これを使って移動すると、やっぱりさっきみたいに目の前がぐるぐるするのか?」
飛んでもなく気持ち悪かった先程のクレメントの魔法を思い出して、ジェイスは真剣に訊いた。
美貌の魔導師は、苦笑する。
「いえ、魔法陣での通路移動は、本当に一瞬です。先程お二人をここへお連れしたのは飛翔の魔法で、あれの欠点は、風の魔法の変形なので身体が安定しない事なんです。でも、先に魔法陣を描いておいたり、目印を特定して距離を測定しておかなくても移動出来る呪文としては、かなり有効なんですけどね」
うー、とジェイスは唸る。
考え込んでしまった彼は無視して、シェイラが尋ねた。
「ところでさっき、この祠がノルオールの兄妹神のものだって、ノルン・アルフルは知っていたっていったわよね? でも、あなたはどうして知ったの?」
クレメントは「ああ」と頷く。
「それは、先程シェイラさんがご指摘下さった花の紋様です。実は、ノルオールとその兄妹神は、ウォーム降臨以前にこの大陸を支配していた神々の一族なのです」
「じゃあ、ノルオールはウォームとその配下の神々より、古い神ってこと?」
「そうです」
「で、その古い神々の祠の前に魔法陣があるという事は、では魔法石を盗んだ犯人はノルン・アルフルで、これを使って何処かへ逃げたって言う訳?」
「恐らく」
「じゃ、これを使えば俺らもその犯人の行った場所に行かれるんじゃねえの?」横から、魔法は門外漢のジェイスが口を出す。
「それは、残念ながら出来ません」
きっぱりと、クレメントが否定した。
「何で?」
首を傾げた主で親友の大男を、シェイラは睨み上げて怒鳴った。
「もうっ、だから人の話をよく聞きなさいっ! さっきクレメントは言ったでしょ、この魔法陣は、ノルン・アルフル独特の魔法なのっ。っていうことは、ノルン・アルフルじゃなけりゃ使えないのっ! 私達には、たとえ魔力があったとしてもこれで何処かへ行くって事は、出来ないのっ!」
「はー、そうなのか」
ジェイスはやっと納得した。
ジェイス、魔法については本気でバカです・・・(汗)