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地下迷宮の女神  作者: 林来栖
第十二章 王女の葬送
147/153

7

 アーカイエスの召還したワイバーンに乗って、ジェイス達がカスタを脱出してから七日。

 その朝も、ミナイはいつも通りの活気で始まった。

 広場には朝市の露店が立ち、果物や野菜といった生鮮食品が並べられる。ロンダヌスには船が着ける海岸線が無い。海産物は南端の国クルタ海運国から輸入されるが、ミナイのような内陸の街までは中々入って来ない。

 代わりに、この辺りは川で獲れる魚介類の塩漬けや薫製が、好まれてよく食卓に上がった。

 市場に群がる街の人々の喧噪は、三階建ての宿屋の最上階にまでよく聞こえて来る。

 室内の空気を入れ替えようと窓を開けたニーナミーナは、そんな街の賑わいを見下ろして溜め息をついた。

「みんな、元気ねえ」

 彼女は、窓枠に頬杖をつく。

「朝ははよから市場で食べ物買って、おかみさんは炊事に洗濯、旦那方は仕事場に出て一日働いて帰る。なーんにも心配なんか無い。その上カスタはすっかり魔物が居なくなって、もう街が襲われる事も無いし。旅人は野宿しても安全。いいわよねえ」

 それに引き替え何でかねえ、と、ニーナミーナは部屋の中を振り返る。

「その安全や安心をもたらした恩人は、ずーっとおねんねのまんま。何なのよ」

 宿が特別に用意してくれた部屋に置かれた大きめの寝台には、クレメントが、七日間ずっと眠り続けていた。

 カスタ遺跡の半分以上を破壊する魔力を一度に放ったせいなのか、ロンダヌスの王太子は名を呼ぼうが揺さぶろうが、全く目覚める気配が無い。

 仲間達が交代で看病をしているが、このまま目覚めない場合には、最悪の場合、父である国王に連絡し王太子を王都ロレーヌへ眠

ったまま運ばなければならない。

 もう一度、ニーナミーナは溜め息をついた。

 寝台の脇の丸椅子に腰を下ろしたシェイラが、薄く笑う。

「ほんとにね。どうしてなのかしら。アーカイエスは三日で目が覚めたのに……」

 ワイバーンを召還し全員をミナイまで運ばせたアーカイエスは、やはりクレメントとの魔力の戦いで疲れ切っていたのだろう、宿屋へ着くとそのまま倒れてしまった。

 己の魔力を使い切ったという点では、どちらも差が無いように見えたのだが、どうしてアーカイエスは三日で目覚め、クレメントは未だに目が覚めないのか。

「シェイラに解らなければ、あたしが解る訳無いわよ?」

「まあね」と、シェイラは溜め息をついた。

「ひとつだけ、考えられるとしたら、クリスタル・パレスっていう場所が、アーカイエスにとってはホームで、クレメントにとってはアウェーだったってことかしらね?」

「拳闘士の試合とおんなじに?」

 パンドール大陸の多くの国で、神々の祝日には町代表の拳闘士同士が戦うイベントがある。

 戦う場所は大体、大きな闘技場のある街なのだが、そのために、どうしてもその街の代表選手への応援が大多数になる。

「人間の応援って訳じゃないけど、妖魔の『気』は、ノルン・アルフルにはその役目を果たしたんじゃないのかしら」

「だから、アーカイエスはあんまり魔力や体力を削られなかったってこと? ——うーん、一理あるけどねぇ」

 ニーナミーナは、肩を竦めた。

 シェイラは苦笑して「この話は、専門家が目が覚めたら聞きましょ」と言った。

 ドアをノックする音がして、パッドが入って来た。

「ニーナ、シェイラ、朝ご飯を食べて来て。僕が代わるから」

「ありがと」

 シェイラは頷き、立ち上がった。ニーナミーナも、三度溜め息をついて窓から離れる。

 その時。

「う……、ん」

 微かに、クレメントが身じろぎした。

 三人は、寝台を振り返える。

「クレメント?」

 シェイラが呼び掛ける。と、王太子はゆっくりと銀の瞳を開けた。

「わおっ!」

 ニーナミーナが吠えた。

「クレメントが起きたっ!」

「パッド、悪いけどジェイスに知らせて来てっ!」

 若者が慌てて部屋から走り出る。

「クレメント、解る? シェイラよ」

「……はい。あの、僕はどれくらい眠っていましたか?」

「七日よ」

「そんなに——」

 言い掛けて、クレメントは咳き込む。

 眠り続けていたせいで、口の中がからからだった。

 シェイラはサイドボードの水指しから、コップに水を汲むと、ニーナミーナにクレメントの背を起こしてやるよう支持した。

「ゆっくり飲んで」

「ありがとう……」

 上体をニーナミーナに支えてもらったクレメントは、渡されたコップをたどたどしい動きで口に運ぶ。

 王太子がその水を飲み終えた時、パッドに呼ばれて慌ててやって来たジェイスが、部屋へ入って来た。

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