7
アーカイエスの召還したワイバーンに乗って、ジェイス達がカスタを脱出してから七日。
その朝も、ミナイはいつも通りの活気で始まった。
広場には朝市の露店が立ち、果物や野菜といった生鮮食品が並べられる。ロンダヌスには船が着ける海岸線が無い。海産物は南端の国クルタ海運国から輸入されるが、ミナイのような内陸の街までは中々入って来ない。
代わりに、この辺りは川で獲れる魚介類の塩漬けや薫製が、好まれてよく食卓に上がった。
市場に群がる街の人々の喧噪は、三階建ての宿屋の最上階にまでよく聞こえて来る。
室内の空気を入れ替えようと窓を開けたニーナミーナは、そんな街の賑わいを見下ろして溜め息をついた。
「みんな、元気ねえ」
彼女は、窓枠に頬杖をつく。
「朝ははよから市場で食べ物買って、おかみさんは炊事に洗濯、旦那方は仕事場に出て一日働いて帰る。なーんにも心配なんか無い。その上カスタはすっかり魔物が居なくなって、もう街が襲われる事も無いし。旅人は野宿しても安全。いいわよねえ」
それに引き替え何でかねえ、と、ニーナミーナは部屋の中を振り返る。
「その安全や安心をもたらした恩人は、ずーっとおねんねのまんま。何なのよ」
宿が特別に用意してくれた部屋に置かれた大きめの寝台には、クレメントが、七日間ずっと眠り続けていた。
カスタ遺跡の半分以上を破壊する魔力を一度に放ったせいなのか、ロンダヌスの王太子は名を呼ぼうが揺さぶろうが、全く目覚める気配が無い。
仲間達が交代で看病をしているが、このまま目覚めない場合には、最悪の場合、父である国王に連絡し王太子を王都ロレーヌへ眠
ったまま運ばなければならない。
もう一度、ニーナミーナは溜め息をついた。
寝台の脇の丸椅子に腰を下ろしたシェイラが、薄く笑う。
「ほんとにね。どうしてなのかしら。アーカイエスは三日で目が覚めたのに……」
ワイバーンを召還し全員をミナイまで運ばせたアーカイエスは、やはりクレメントとの魔力の戦いで疲れ切っていたのだろう、宿屋へ着くとそのまま倒れてしまった。
己の魔力を使い切ったという点では、どちらも差が無いように見えたのだが、どうしてアーカイエスは三日で目覚め、クレメントは未だに目が覚めないのか。
「シェイラに解らなければ、あたしが解る訳無いわよ?」
「まあね」と、シェイラは溜め息をついた。
「ひとつだけ、考えられるとしたら、クリスタル・パレスっていう場所が、アーカイエスにとってはホームで、クレメントにとってはアウェーだったってことかしらね?」
「拳闘士の試合とおんなじに?」
パンドール大陸の多くの国で、神々の祝日には町代表の拳闘士同士が戦うイベントがある。
戦う場所は大体、大きな闘技場のある街なのだが、そのために、どうしてもその街の代表選手への応援が大多数になる。
「人間の応援って訳じゃないけど、妖魔の『気』は、ノルン・アルフルにはその役目を果たしたんじゃないのかしら」
「だから、アーカイエスはあんまり魔力や体力を削られなかったってこと? ——うーん、一理あるけどねぇ」
ニーナミーナは、肩を竦めた。
シェイラは苦笑して「この話は、専門家が目が覚めたら聞きましょ」と言った。
ドアをノックする音がして、パッドが入って来た。
「ニーナ、シェイラ、朝ご飯を食べて来て。僕が代わるから」
「ありがと」
シェイラは頷き、立ち上がった。ニーナミーナも、三度溜め息をついて窓から離れる。
その時。
「う……、ん」
微かに、クレメントが身じろぎした。
三人は、寝台を振り返える。
「クレメント?」
シェイラが呼び掛ける。と、王太子はゆっくりと銀の瞳を開けた。
「わおっ!」
ニーナミーナが吠えた。
「クレメントが起きたっ!」
「パッド、悪いけどジェイスに知らせて来てっ!」
若者が慌てて部屋から走り出る。
「クレメント、解る? シェイラよ」
「……はい。あの、僕はどれくらい眠っていましたか?」
「七日よ」
「そんなに——」
言い掛けて、クレメントは咳き込む。
眠り続けていたせいで、口の中がからからだった。
シェイラはサイドボードの水指しから、コップに水を汲むと、ニーナミーナにクレメントの背を起こしてやるよう支持した。
「ゆっくり飲んで」
「ありがとう……」
上体をニーナミーナに支えてもらったクレメントは、渡されたコップをたどたどしい動きで口に運ぶ。
王太子がその水を飲み終えた時、パッドに呼ばれて慌ててやって来たジェイスが、部屋へ入って来た。




