4
「キリアン伯」
呼ばれて、目覚めぬ王太子を抱いたままジェイスは黒い魔導師を振り向く。
「私を殺してくれ」
「——あ?」
「アーカイエス様っ」
いきなり不穏な言葉を口にした魔導師に、ララが慌てる。
「どうして、そんな……」
「魔法石は砕け魔法陣も崩壊した。私に残るのは罪だけだ。ならば軍に引き立てられ拷問の挙げ句に獄に掛けられるより、この場で伯爵の刃でひと思いに死にたい」
「いけませんっ!」
ファーレンの巫女は、蒼白になって叫ぶ。
「アーカイエス様が死なれるなんてっ! そんなっ、そんなっ……、駄目ですっ! 私は嫌ですっ!」
「ララ」
アーカイエスは静かに言った。
「私はもう、これ以上生きていたくはないのだ。私の中には今や、何も無い……」
「いやですっ!」
ジェイスはクレメントをパッドに預けると、ゆっくりとアーカイエス達の側へ寄った。
「……本気で死にたいのか?」
見下ろす偉丈夫を、黒い魔導師の赤い瞳が見上げる。
その目には、先刻までの狂気にも似た強さは、微塵も残っていない。
「ああ。本気だ」
「そうか」
と言うと、ジェイスは大剣を抜き放った。
遠ざかるカガスの淡い光を受けて、両刃の剣が冴え冴えと光る。
「止めてっ!」
ララが、アーカイエスを背に庇い叫んだ。
「アーカイエス様を斬られるなら、先に私を斬って下さいっ!」
「退け」
ジェイスは、必死の少女に魔王の如き尊大な表情で低く言った。
「嫌ですっ! 退きませんっ!」
「ララっ、退くのだっ」
アーカイエスが、退けようと娘の細い肩を掴む。
「いやっ!」
ララは、黒い魔導師の身体に逆にむしゃぶりついた。
「嫌ですっ! アーカイエス様が死なれるなんてっ、いやですっ!」
ジェイスは、彼女の悲痛な声を無視して大剣を頭上に振り被る。
これは本気だ、と判断したシェイラは、親友の何時になく非情な行動を止めようと動いた。
「ジェイスっ、駄目っ!」