13
「私は、何も変わってはいない。むしろこれが私だ。スピルランド王の子として生まれたが、母が純血のノルン・アルフルであったため穢れた妖精の血を濃く継ぐ子として周囲から嫌われ、蔑まれて来た。魔力は強くともそれも全てノルン・アルフルの血のせい、悪しき魔導師と、宮廷でも陰口を叩かれた。
無論、王子であっても従者もいない。母が亡くなってからは、独りで生きて来た。
そんな私の唯一の支えが、母から聞いていたノルン・アルフルの悲願だった。今は無くなったノルオールの子らの里に残されていた、ライズワースが当時の長老に宛てた書簡を、里の姫だった母は受け継いでいた。私はそれを全て読み、ライズワースが符号として残した、ノルオール復活の呪文と魔法陣を解き明かした。
……怒りの女神の復活が、私の存在をより強くしてくれる。蔑み、嘲った者共を足下に跪かせるため、私はこの、ライズワースの遺した迷宮を発動させる。
パンドールを再び闇に包み、ノルオールの子らの支配の下に置くためにっ!」
「なるほど……、それでっ、あなたが何故……、この迷宮の秘密……、を、知っていたか、分かりました……」
精霊に苦しめられながら、クレメントが言った。
アーカイエスは、口の端を歪めて笑う。
「そう……。私は、君のように恵まれた立場ではなかった。生まれながらの王太子、しかも誰もが羨ましがるトール・アルフルの血を濃く受け継いだ君に、私の苦悩は解るまい」
「さあ……。それ、は……、どうでしょう、ね?」
クレメントは、苦しげな顔を苦笑に歪める。
「アーカイエス様……」
ララは、魔導師を見上げる大きな黒い目から大粒の涙を零していた。
アーカイエスは彼女に向き直ると、長い指の先でその白い頬に伝う透明な雫を拭う。
「私は、ララ、君が私に逆らわない事を望む。さあ、そこを退きなさい」
ララは黙って俯くと、一歩、後ろへ下がった。
「あと少しで穢れた月がこの上に来る」
再びクレメントを見据えると、アーカイエスは、歪んだ微笑を浮かべる。
「確かに……、そうだな。恵まれた立場であっても、君には不平不満が大層あるのかもしれんな。——ライズワースの王杖が君を選んだということは、少なくとも、ロンダヌスの王太子でありながら、君は、この世界への恨みと破壊の衝動を心の裡に持っているのだろう。……その衝動の命じるままに、全てを壊し去る術を発動させるのだ、クレメント・エディン・ダルタニス」
クレメントの形良い銀の目が、その刹那、赤く変わった。
魔力の強い魔導師は、呪文でなくとも、名を使うことで相手に魔法を掛けることができる。 クレメントは、名を呼ばれたことて、弱らせられた心の隙をアーカイエスの魔力に突かれ、バンシーと完全に同調してしまった。
若緑色の長い髪をふわり、と振って、クレメントが面を上げる。
流麗な彼の顔が、まるで木偶人形のように表情を消し去っているのに、ジェイスは戦慄を覚える。
次に来たのは、憤怒。
「……アーカイエスっ、てめえっ!!」
黒き魔導師に飛び掛かろうとする英雄伯爵を、シェイラとパッドがどうにか引き止める。
アーカイエスは、足掻くジェイスを鼻で笑った。
「始まったら止まらぬ、と言ったはずだ。王太子殿下も、やっと私の言葉を聞き入れて頂いたようだし、な」
「クレメントっ!」
ジェイスは、自分がアーカイエスとやり取りしている間にも台座に王杖を立てようと、虚ろな表情でのろのろと動いているクレメントを、力一杯呼んだ。