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「シェイラっ!」
ニーナミーナが駆け寄る。
パッドが、二人を庇うように前へ出た。
ジェイスは一瞬、倒れた親友に気を取られた。
ヒドラは、彼が気を散らしたのを見逃さず、鋭い牙で襲って来る。気付いたパッドが、横から斬り付け注意を逸らした。
「ジェイスっ!」
「済まねえっ!」
「こっちは大丈夫だからっ、何とかヒドラをっ!」
ニーナミーナが、神聖魔法の浄化を倒れたシェイラに唱える。
「ジェイスっ!」
パッドが鋭く呼んだ。
「僕が囮になりますっ。ヒドラの残った頭が全部僕に向いたら、胴体ごと魔法石を斬って下さいっ!」
「だめだっ、そりゃ危険過ぎるっ」
決死の覚悟の若者に、だがジェイスは首を振る。パッドは引き下がらなかった。
「それ以外、倒す方法はありませんっ! 今は他の妖魔があいつのせいで出て来られない。この期を逃したら、後がありませんっ!」
ジェイスは唸った。
確かにパッドの言う通り、ヒドラを倒しただけなら、その死体を押し退けてまた他の妖魔が魔法石が開けた異界の亀裂から出て来るだろう。
「……やるっきゃ、ねえか」
彼は腹を括る。
パッドは頷くと、様子を窺うように牽制しているヒドラの頭に突っ掛かって行った。
「そらっ、こっちだっ!」
回り込むようにしながら長剣で斬り付ける。と、ヒドラの残った四つの首が、一斉にパッドの方を向いた。
二つの頭が口を開ける。パッドは腕を伸ばして牙を交い潜りながら、ヒドラの顎や頬に薄く傷を付けて行く。
ジェイスは、その様子を見ながらじりじりと妖魔の後方が見える位置に移動した。
三つ目の首が大きく口を開けた時。
全く無防備になったヒドラの胴と、その下の魔法石目掛けて、ジェイスは王の剣を振り下ろした。
「だりゃーっ!」
その瞬間、真っ白に変化した刀身は、硬いヒドラの鱗と骨を断ち、下の赤い魔法石を真っ二つに割った。
振り切った剣は、がつんという硬い手応えで止まる。
凄まじい光の洪水が異界の切れ目から沸き起こり、ヒドラの身体を中へと引き込んだ。
「うっわあっ!」
一緒に中へ攫われそうになったジェイスは、足を台座の脚に掛け片手で上部の端を掴み、必死にその引力に耐える。
時間にすれば数秒であったろう猛烈な光の嵐は、始まった時と同様唐突に止んだ。
辺りは静寂に包まれる。
「——はあ……」
吸引の圧力から急に解放されて、ジェイスは脱力してその場に座り込んだ。