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それまで輝線を煌めかせていた黒の魔法石が、本格気に魔力を吸収し始めたのだ。
アーカイエスは、暗い笑みを浮かべた。
「ああ、始まったっ。もう誰も止める事は出来ないっ! 間も無くカガスの影が塔の真上に掛かる。影はノルオールの神気を黒い光に乗せて運び、魔法石はその光をカーナに注ぐっ!」
クレメントは、カーナに飛びついた。彼女の小さな手の中から黒の魔法石を取り出そうと指を掛ける。
が、石化した手がしっかりと石を押さえていて、外れない。
それでも無理に引っ張り出そうと指を中へ入れた時、不意に魔法石の光が強まった。
「うっ……わっ!」
ばちっ、という炸裂音と共に、クレメントは後方へ弾き飛ばされる。
アーカイエスが高笑した。
「無駄だ。ノルン・アルフルの血を持つといっても僅かな君が、発動した黒の魔法石に触れられる筈が無い。飛ばされたのは、トール・アルフルの血に魔法石が反発したからだ」
クレメントは、火傷のように爛れた右手の指を見詰め唇を噛む。
黒い魔導師は、悔しげに自分を睨む美しい王太子に、酷く優しい声で言った。
「さあ、殿下。自分の無力をお分かりになられたのなら、そのロッドをカーナの椅子の背に立てて頂けまいか? それで、この降臨のための巨大な魔法陣は完成する」
「……生憎ですが、それは出来ません。それに、僕はまだ自分が無力だとは理解していませんが?」
「ほう、それは。あなたらしくもなく物分かりがお悪い。では、如何にあなたがここで無力かという事を、私が身を持って悟らせてあげよう」
アーカイエスは外套の下から、黒い右手を突き出した。
クレメントは、水の魔法で漸く治癒した右手でロッドを取り出す。
「——悪しきこもごもの残像により、悲哀を呼び覚ます精霊よ、この身体に流れる血の誓約に従いて我が元に来り、我が命に従え。 悲霊」
忽ち、黒い霧のようなものがクレメントの身体を取り巻いた。
途端、身動きが取れなくなる。
ノルン・アルフルの血を濃く継ぐアーカイエスは、クレメントがトール・アルフルの血を継ぎ精霊魔法が使えるように、ノルン・アルフル特有の『悪しき精霊』魔法が使えた。
彼が使役したのは、人間に不安と絶望を呼び起こす精霊バンシーである。
程なく黒い霧の中から、地面に着く程の長い白髪を引き摺った痩せた醜い女の姿が現れた。くすんだ緑色のドレスを纏った女は、精霊の力に捕えられ身体を硬直させたクレメントの肩を皺だらけの手で掴むと、牙の並んだ大きな口を開いた。
バンシーが、王太子の首に噛み付く。
「うっ……、くっ!」
全身の力が抜けて行く。
それと同時に、過去の悲しみが一挙に脳裏に溢れる。
母に疎まれ、泣き伏しながら過ごした幼い日々。
誰も、自分の側には居なかった。誰も、涙を拭いて優しく抱き締めてはくれなかった。
誰も……っ!
クレメントは、バンシーに気力を吸い取られ、その場にがくりと膝を付いた。