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「あなたは、この場所の事を知っていたのですね?」
「ああ」
アーカイエスは薄笑いを浮かべると、外套の袖を掴んだクレメントの手を振り払う。
再び歩き出した黒い魔導師を、またクレメントは追う。
「ここは……、こここそが、怒りの女神を復活させるための呪文を刻んだ場所ですかっ?」
「いや」
追い縋るロンダヌスの王太子の手をまたも払い、黒い魔導師は部屋の中へと入った。
そこは、上階の物と比べるとずっと小さな部屋だった。
漆喰で壁と床が塗られているのは、通路と同じである。
部屋の中央には、天井部の上にある台座と同じ形の台座がひとつ、置かれている。
アーカイエスは台座の脇に立つと、クレメントを振り返った。
「ここが、怒りの女神復活の呪文を構築する、最終の場所ではないのですね?」
「女神復活には、その器となる肉体が要る。それがなければ、神の魂は降臨しない。この魔法陣は、ノルオールの魂を集め依り代となる肉体に導くためのものだ」
「だとしたら、やはり」
「だが、それには七賢者が砕いてしまった魔法石が必要だった」
ジェイス達が、遅ればせながら部屋へ入って来た。
クレメントは、険しい表情でアーカイエスに一歩近付く。
「魔法石は、もうありません。七つに砕かれたうち、あなたがお持ちなのは僅かに二つ」
「いや、三つだ」
アーカイエスは、勝ち誇ったように微笑んだ。
「『祝福』と『颯』、そしてケイト・クリスグロフの『雫』」
「……では、闇の島の湖から、石を拾い上げたのですかっ?」
「湖に賢者と共に沈んだ、というのは、伝説だな。実際には、カルーの司祭が神殿に大切に保管していた。残念な事に、ニルの『虚ろ』はもう無かったが」
言いながら、アーカイエスは外套の内ポケットへ手を入れる。
ゆっくりと引き出された彼の長い指には、大人の拳程の真っ赤な石があった。
クレメントは、驚愕の表情でその石を見る。
「それは……?」
「白き魔法石と赤き魔法石を融合したものだ。赤き魔法石の存在は、ご存じ無かったかな? ロンダヌスの王太子殿下」
クレメントか、ぎゅっと拳を握り締めた。
彼の後ろで、ニーナミーナが武器を構える。
「やっぱりあんた知ってたのねっ。何処でクレメントの事調べたのよっ」
「ランダスで、ね。『颯』の次に王の大剣を狙っていたのだが、思わぬ事にそこに居る——」
と、黒い魔導師は魔法石でジェイスを指す。
「キリアン伯が大剣を預かってしまった。如何に私の魔力があっても、ランダスの名だたる剣豪から剣を奪うのは至難の業だ。その上、伯爵は王太子殿下の護衛としてロンダヌスへの旅へと出てしまった。
クレメント殿下は、私と互角の魔力を持つ魔導師だ。この二人が魔法石を守るとなると奪取はまず不可能。
そこで、他の方法を考えた。伝承の通り、全ての魔法石が同じ方法で作られているなら、白の石ではなくても魔力吸収は出来るのでは、とね」
「待って下さい」
クレメントは、アーカイエスの話にとても重要な事があるのに気が付いた。
「全ての魔法石、とおっしゃいましたね? それは、他にも魔法石があるという事ですか?」
アーカイエスは、赤い瞳を細めて嘲笑う。
「おやおや。ロンダヌスの王太子殿下ともあろう方が、魔法石がひとつでないのをご存じないか」
黒の魔導師、本性現す——!!




