13
長身の魔導師は目を閉じると、小声で静かに魔法陣の文字の詠唱を始める。
次第に、彼の身体から薄紫色の光が溢れ出し、それが魔法陣全体に移って行く。
床面の円の中の文字、そして壁の文字、更に天井の円の文字が、同じ紫の光を発し始める。
アーカイエスが長い詠唱を終えた時。
部屋中に描かれた全ての文字から光が発し、それが宙に浮かび上がった。まるで光の篭のような立体の魔法陣に、女性達は感歎の声を上げる。
「きっれーいっ」
「幻想的ね」
「素敵……」
「見掛けだけはな」
浮かれている彼女達を宥めるジェイスの言葉は、だが六つの冷ややかな眼差しに否定された。
アーカイエスが魔法陣から出て、一同は中央の部屋へと戻った。
「うおっ!」
「ひゃあっ、すっごいっ!」
光の立体魔法陣は、中央の部屋にも出来上がっていた。それは開いた天井から高く上がり、丁度八つの小塔の水晶がある辺りで上部が止まっていた。
「これは……」
皆が一斉に巨大な篭を見上げる中、クレメントは不安な声で呟く。
「次は、水晶球だな」
アーカイエスは、巨大な魔法陣に見蕩れるジェイス達を尻目に、さっさと南の部屋へと向かう。
彼が動いたのに気付いたララが、その後を追った。
「クレメント?」
黒い魔導師が動いたのに、天井を睨んだまま動こうとしない王太子に、ジェイスは声を掛けた。
「北側の部屋へ行くか?」
「……ええ。そうですね。行きましょう」
硬い表情で答えた彼の肩を、ジェイスは掴む。
「何か不安があるんなら言えよ?」
一瞬、クレメントは怯えたような表情でジェイスを見上げる。が、すぐに薄い笑みを作った。
「大丈夫です。ご心配お掛けしました」
「あのなあ……」
「行きましょう。アーカイエスはもう、南の部屋へ入ったのでしょう?」
クレメントが歩き出す。心中を中々話してくれない王太子にジェイスは溜め息をつくと、その後に従った。
「あ、私とパッドはロッドの部屋へ行くわっ」
ニーナミーナが言った。
「何人もで行ってもしょーがないし」
「そうですね。ではそこで待っていて下さい」
クレメントが笑顔で返し、イリヤの神官は手を挙げて了承した。
南の部屋へ入ると、ニーナミーナが言っていた通り、中央に台座があり水晶球が乗っていた。
クレメントは、ゆっくりと台座に近付く。
ジェイスは、彼の細い背を見詰めながら、隣に立ったシェイラに囁いた。
「何が起きると思うよ?」
「……判らないわ。でも多分、いいことじゃないわね」
「俺も、そう思うんだよなあ。けどクレメントは止めるって言わねえだろうし」
「そう、ね。意地でもこの迷宮の全てを突き止めるでしょうね」
クレメントが、水晶球に手を翳した。階上のものと同じく、球は彼の魔力に反応しすぐに光り始める。
一度大きく輝き、それから安定した光を見届けて、王太子は台座から離れる。
入り口で待っていたジェイスとシェイラに、彼は笑い掛けた。
「行きましょう」