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四歳で四阿を壊した王太子は、親からも化け物扱いされた挙げ句、王宮の片隅の離宮に追いやられた。
誰からも構われなくなり、自由になった時間の大半を、彼は王宮の書庫にこっそり入り浸る事に費やした。
自分の強大な魔力をどうやって制御したらいいかが知りたくて読み始めた書物だったが、読むうちに様々な知識がつき、楽しくなった。
元より、勉強する事は嫌いでなかったし、伝記や魔道書は子供の好奇心をいたく刺激した。
「幸いというべきか、古代語魔法はカスタの日常語が基本になって造られたものです。なのでそこから解読して行けば割と楽に読めました。
とにかく、剣の稽古と王位継承のための勉強の時間の他は、殆ど放っておかれましたから、思う存分書庫を荒らしました。お陰で、禁書と呼ばれるものまで殆ど読破してしまいしたが」
淡々と己の過去を話すクレメントの横顔を見ながら、ジェイスは何故か胸が痛んだ。
小さな子供が、遊び相手も無く書庫に一人で籠り、じっと本を相手に日を送っていたのかと思うと、切ない。
そんなジェイスの視線に気付いたクレメントは、赤毛の大男を振り向いて薄く微笑んだ。
「そんな顔をされなくても。幼い頃の僕は、今でもそうですが、独りが寂しいと思った事はありませんでした。人見知りな子供だったので、むしろ放って置かれて嬉しかったです。
……ああでも。唯一僕の邪魔をしたのが、妹のユフィニアでした。僕が書庫に居ようが自室に居ようが、構わず押し掛けて来て、外で一緒に遊べと駄々を捏ねて」
困ったように話しているが、とても嬉しそうな表情のクレメントに、彼がどんなにか妹を大事に思っているか、ジェイスは理解した。
「でも凄いわね。魔道書を読んだだけで魔法をマスターしてしまったなんて」
シェイラは心底感心する。
「私なんか、師匠に術を見せて貰っても、最初は中々上手く出来なかったわ」
「いえ。最初はかなり苦労しました。魔力の加減が全く分からず火球を作ろうとして爆裂させてしまい、近くにあった池の水が全部蒸発してしまった事もありました」
四阿といい、離宮の池といっても生半可な大きさではないだろう。察するに、民家十軒分は軽くある筈だ。それを丸々蒸発させたというからには、相当な威力であった事は間違いない。
「そりゃ、凄えな」
大袈裟ではなく驚くジェイスに、クレメントは「はあ」と右頬を人さし指で掻いた。
「全く、今考えると恐ろしい限りです。さすがにあれはまた父の怒りを買いまして、向こう半年書庫への出入りを禁止されました。……守りはしませんでしたが」
そんな自分が、王の杖を手にしている。
確かに、カスタ最後の王ライズワースは神々に背いた異色の王だった。
その血を悉く断たれ断罪を受けた王、その王の杖を、王太子でありながら父王から疎まれている自分が引き継ぐ。
何か悪い冗談のようだ、と、クレメントは思う。
「でもどうして」
王太子の思考を、パッドの声が遮った。