13
「えっ?」
茶器を持ったまま、ニーナミーナが下を向く。次の瞬間、彼女は下へと落下した。
「きゃあああっ!」
「うわーっ!」
ジェイス、ララ、パッドも同時に穴の底へと落ちて行く。
ざっと見ても十メートルはある。このままだと底にぶち当たって一巻の終わりだと思った時。
「風霊っ!」
クレメントが鋭く叫ぶのが聞こえた。
と同時に、ジェイス達の落下速度が急に遅くなる。
風乙女と呼ばれる女性形の風霊は、王太子の要請に答えて三人をしっかりと捕まえる。
ゆっくりと風の精霊に運ばれた彼等は、ふわりと穴の底に着地する。
底は、硝子ではなく白っぽい金属で出来ていた。
ニーナミーナのお茶道具が、その金属製の床面に丁寧に置かれた。
「あら、どうもありがとう」
女性神官が礼を言うと、精霊達は楽しそうに笑いさざめく。
誰に言っているのか、と見えないジェイスには首を捻る。その彼の頬を、風乙女が笑った事で起きたそよ風が優しく撫でた。
「大丈夫っ?」
穴の上から、シェイラが声を掛けた。
「ああ、何とか。けど一体、何でこんなとこに大穴が出来たんだ?」
「ごめんっ。あの水晶球、全部発動させるとこの穴が出現するようになってたのよ。奥の二つ目の水晶の台座にその事が書いてあって——」
「ああ、そっちにあったのですか」
シェイラとは反対側から、クレメントがひょっこり顔を出す。
「ひとつ目の水晶を発動させた時に、もしかしたらこれは次の階への入り口を出現させる球かなとは思ったのですが。見事にその通りでしたねえ」
「……あのなあ、それに気が付いてたんなら、全部発動させる前に一言こっちに言えよっ」
「あー、そうでしたね。すいません」
にへら、と笑った美貌に、ジェイスは思い切り脱力した。
「今そちらに」
降ります、とクレメントが言う前に、アーカイエスが浮遊の魔法で階下へと降りた。
クレメントはもう一度風霊を呼ぶと、自分とシェイラを下へと運ばせた。
「とにかく、無事で何よりでした」
着地して、クレメントはジェイスに向けてにっこりと笑う。
本当に安心したというような笑顔に、ジェイスは釣られて微笑んだ。
「ところでよ、これって、帰りも魔法でないと上へ戻れないって事か?」
クレメントは笑顔を苦笑に変えて、上を見た。
「そうですねえ……」
「いえ、大丈夫でしょう」
そう言ったのはパッドだった。
「あそこに階段がありますから」
彼は南東の方角を指差した。
皆が振り返る、と小さな塔のひとつから上へ螺旋階段が伸びていた。
「なるほど。どうやら、僕達は手順を間違えたらしいですね。本来なら、あの上の水晶を先に発動させてまずこの階段を使えるようにしてから、他の水晶球を発動させるのでしょう」
「適当に始めたのが、間違いの元だな」
アーカイエスの一言に、クレメントは反省する。
「ええ。おっしゃる通り、僕の失敗です」
「ま、やっちまったものは仕方ねえだろ。……で、ここは何なんだ?」
ジェイスは、金属製の床を見る。
床の表面には、奇妙な形の紋様と、幾つもの切れ目らしい筋が、刻まれている。
「どうも、この切れ目でまたこの床が開きそうな気がするんだが?」
「気ではなくて、開くだろうな」
答えたアーカイエスは、しゃがんで紋様を確かめる。
「思った以上に、大掛かりなものだな」
「そうですね……」
クレメントも腰を曲げて床を見た。
「でも、この仕掛けを動かすとまた下へ落ちるんじゃ……」
懸念したララの言葉に、アーカイエスが顔を上げた。
「恐らく、この下へ降りる階段なりが、何処かに隠されているだろう。今度はそれを先に探せばいい」
「八本の小さな塔のうち、階段がここまで伸びている南東のもの以外には、また隠蔽の呪文で水晶球が隠されているかもしれませんね」
「だったら、今度は俺らも手伝う」
ジェイスは鼻を膨らませて宣言した。
「またさっきみたいな目に遭うのは、勘弁だっての」
「ええ」
クレメントも、今度は素直に同意した。先程、ジェイス達が開いた床に吸い込まれた時、実は心臓が潰れるかと思う程驚いた。
我ながらよく咄嗟に風霊を呼べたものだと、今更感心していたくらいだった。
あんな思いは一度でたくさんである。
「では三方に分かれて探しましょう」
王太子の提案を受け、アーカイエスはララを連れ西の塔へと向かった。